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連載

小林泰三「未来からの脱出」 vol.11

ハンドレッズのメンバーは、施設からの脱出を決行しようとするが……。予測不能の大脱出劇! 小林泰三「未来からの脱出」#3-2

小林泰三「未来からの脱出」

※この記事は、期間限定公開です。

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 おいおい。どっちなんだ? 本当に忘れたのか? それとも、覚えていないふりをしているのか?
 サブロウは周囲を見回した。
 職員は近くにいない。だが、見張られていないとは限らない。そして、すでにサブロウは自分からドックに接触してしまっている。もし見張られていたら、もう手遅れだろう。ということは、取り繕う必要はないということだ。
「俺はサブロウだ」
「わたしのことを知っているのか?」
「ああ」
「いつからの知り合いだろうか?」
「随分前から、互いに顔は知っていたと思うが、名前を呼びあうようになってからはひと月程になる」
 ドックはしばらく考え込んだ後、呟いた。
「興味深い」
「何が興味深いんだ?」
「二つの仮説を立ててみた。一つは君がわたしと友達であるという妄想を持っている。もう一つはわたしの記憶に障害がある」
「本当に俺のことを覚えてないのか?」
「君はわたしのニックネームを知っていた。他にも知っていることはあるか?」
 サブロウは学歴や家族構成などドックのプライベートについて、知っている限りのことを伝えた。
「ふむ。極めて興味深い」
「だから、何がなんだよ?」
「今、君が述べたわたしの個人情報だが、虚偽が混じっている」
「……そんなはずはない」サブロウは戸惑った。「これはあんたから聞いたことだ」
「わたしは自分の個人情報を誰かに教える時には、特定の虚偽を交えることにしている」
「なぜ、そんなことを?」
「わたしの情報が漏れたときに誰から漏れたのかを特定するためだ。今、君が述べた情報には、わたしが次に個人情報を教えるときに使おうと思っていた虚偽情報が含まれている」
「つまり、どういうことだ?」
「第一の仮説は棄却され、第二の仮説が残ることになる。つまり、わたしは自分の個人情報を君に伝えた。そして、そのことをすっかり忘れているということだ」
「なぜ、そんなことに?」
「わたしが何らかの脳の病気に陥った可能性がある。だが、自覚症状は全くない。君、記憶の欠落を除いてわたしに何か異常な兆候は見られるか?」
「いや。前と全く変わらない」サブロウは首を振った。
「病気の可能性は完全に排除はできないが、とりあえず無視してみよう。そうなると、非常に特異な結論に至る」
「どんな結論だ?」
「我々、つまり君とわたしを含む何人かのグループは、誰かもしくは何かを敵に回してしまったということだ。そして、その誰かもしくは何かは人間の特定の記憶を消去もしくは隠蔽する技術を持っている」
「やっぱりあんたはすごいよ。凄い洞察力だ。早速だが、もう一度チームを結成……」
「これ以上、君と話はしない」
「何を言ってるんだ?」
「敵は相当な力を持っている。慎重に事に当たるべきだ。少なくともわたしは目を付けられている。君はわたしにぺらぺら喋るべきではない。情報漏えいの危険が増すだけだ。敵はわたしの記憶から情報を引き出せるのかもしれない」
「そんなことが可能なのか?」
「わからないが、記憶を消せる技術があるなら、引き出す技術があっても不思議ではないだろう」
「だけど、あんたがいないと誰が情報の分析を……」
「ほら、今、君は重要な情報を漏らしてしまった。君のチームにはわたしを超える情報分析者がいないのだろう」
「どうすればいい?」
「とりあえず、君たちとわたしはそれぞれ独自に調査することにしよう。もし調査の結果、互いにコンタクトしても問題ないと判断したら、そのときには合流しよう」
「わかった。念のため、大事なことを伝える暗号を……」
「それこそよくない。暗号のルールはあらかじめ決めてはいけないんだ。そうではなく、本人にのみ解ける暗号を使うべきだ」
 本人にのみ解ける暗号? なるほど。
「わかった。それじゃあ、何かわかったら、連絡を取り合おう」
 ドックは片眉を上げると、無言のまま、サブロウに背を向けて、その場を去っていった。
 全く大したやつだ。
 サブロウは心底感心した。

   10

 ドックは記憶を失っていたが、すさまじい速度で状況を再把握しつつある。この事実をエリザとミッチに伝えようと、広間の中を探したが、見付かったのは、ミッチだけだった。
 サブロウはいつものようににこやかにミッチに近付いた。
 彼女は浮かぬ顔をしていた。
 まだ、ドックが戻ってきていることに気付いていないのだろうか? とにかく朗報を知らせないと。
 サブロウはいつものように不自然にならないぐらいの低い声で言った。「ドックが戻ってきた」
「知ってる。あんたが話しているのを見てたよ」
「だったら、もっと嬉しそうな顔をしろよ」
「大丈夫だったの?」
「ああ。記憶はそのままじゃないが、前のままのドックだった」
 ミッチは溜め息を吐いた。
「どうしたんだ? 記憶喪失なんかドックにとっては大した問題じゃないだろ?」
「エリザがいなくなった」
「えっ?」
「昨日の昼からだ」
 サブロウは混乱した。「どういうことだ?」
「こっちがきたいよ」
「エリザは脱出に否定的だった」
「そうだったね」
「だとしたら、逃げ出した訳ではなくて、やつらにされたのか?」
「そもそもわたしたちはずっと拉致されているも同然なんだよ。どうして、わざわざさらに拉致する必要があるんだ?」
「じゃあ、やっぱり一人で脱走したのか?」
「それも納得できない。一人で逃げるのはリスクが高過ぎる」
「ドックだって、一人で逃げたぞ」
「彼、自分で一人で逃げたって言ってた?」
「そうは言ってないが……」
「ドック一人で逃げたというのもあんたの推測だろ?」
「しかし、それ以外に説明のしようが……」
「とにかくしばらくは大人しくするんだ」ミッチはおびえるように言った。「わたしたち立ち入ってはいけないとこに入り込んじまったのかも……」

 数日後、エリザはひょっこり戻ってきた。
 見付けたのはミッチだった。エリザは自分の部屋で静かに座っていた。
「こんにちは」ミッチはエリザの部屋のドアを開けながら言った。
「こんにちは」エリザはほほんだ。
 双方とも何も言わず、十秒ほどの時間が流れた。
「ええと……ミッチだよ」
「初めまして、ミッチさん。わたしはエリザです」エリザはごく自然にそう答えた。
 ミッチは軽いまいと絶望を感じた。
「わたしら、友達だったんだよ」ミッチは努めて冷静を装った。
 エリザはしばらく考え込んでから言った。「ごめんなさい。近頃、もの忘れがひどくって、知り合いの顔でも、はっきりしないのよ」
「……ああ。わたしたちぐらいのとしともなれば、一時的に知り合いの顔と名前を忘れるのはよくあることだからね」ミッチは微笑んだ。

「それで、何も話さずに戻って来たのか?」サブロウはあきれて言った。「自分の身に起きたことを推測できるようなヒントを与えればよかったのに。俺がドックにやったように」
「申し訳ないけど、わたしにそんな芸当無理だよ。……それに、そんなことをするのが正しいかどうかもわからない」
「正しいに決まってるだろ。エリザは同志なんだ」
「じゃあ、あんたはもう一度エリザを厄介事に巻き込もうって言うのかい?」
「厄介事?」
「ここから出たいと言ったのはあんただろ? わたしたちはそれに巻き込まれただけじゃないか!」
「……そんなふうに思ってたのか」サブロウは肩を落とした。「みんな、俺に嫌々付き合ってたのか。だとしたら、俺はみんなに迷惑を掛けたことになる」
「ごめん。言い過ぎた」ミッチは後悔の表情を見せた。「わたしたちは自分の意志であんたに付き合ったんだ。巻き込まれた訳じゃなかったよ」
「慰めはいい。つい本音が出たんだろ?」
「いや。心にもないことを言っちまったんだ。わたしは嫌じゃなかった。ただ……」
「ただ?」
「エリザは話し合いには積極的だったが、脱走計画自体には乗り気じゃなかった。そんな彼女をまた巻き込んでいいものかと思ったんだ」
「……」
「わたしたちは危険な領域に踏み込んでいるような気がするんだ。このまま何もしなければ、きっと今まで通り平穏な施設暮らしを続けられる」
「つまり、もう俺たちの脱出ゲームは終わりって訳だ」サブロウは呟くように言った。
「完全に終わりって訳じゃない。しばらく冷却期間を置こうってだけだ」
「冷却期間? 待っている間に俺たちはどんどん老いぼれていくんだ。脱出計画も何もかもすっかり忘れてしまうだろうよ!」
「サブロウ、落ち着くんだ」
「俺は冷静だよ。君の気持はもうわかった。終わりにしたいんだろ。もう俺のことは放っておいてくれ」サブロウは電動車椅子を起動し、ミッチから離れていった。
「サブロウ……」
 サブロウはミッチの声が聞こえなかったのか、それとも聞こえないふりをしていたのか、そのまま振り向きもせず、廊下を進み続けた。

   11

 その日から、サブロウはミッチに話し掛けなくなった。ミッチから話し掛けると、挨拶程度はするが、すぐに離れていった。
 ミッチはサブロウの行動が気になっていた。あの日から、サブロウの様子がおかしくなったような気がしたのだ。と言っても、ドックやエリザのように明らかな記憶の喪失などがあった訳ではない。うつろになり、日がな一日、同じ場所でじっと同じ本を読み続けるようなことが多くなったのだ。
 老人は生きを失うと一気に心や身体からだが衰えることがある。サブロウにとって脱出計画は唯一の生き甲斐だったのかもしれない。
 ミッチはそう考えるようになっていた。
 ある日、中庭の隅でぶつぶついいながら、本を読み続けているサブロウに気付いて、ミッチは近付いていった。
 どうやら古い電信関連の本を見ているようだった。ページを繰らずに同じところをじっと読んでいるようだった。
「電信に関心があるのかい?」
 サブロウはちらりとミッチを見た後、また本に視線を戻した。ミッチだと気付いたのかどうかすら判然としない。
「モールス信号なんて覚えても使い道がないだろ」ミッチはもう一度話し掛けた。
 今度は見もしなかった。
 単に怒っているだけなのか、認知機能が低下し出したのか、判断が付かなかった。年齢を考えると急に精神機能が減退しても不思議ではない。
「通信手段が必要だ」サブロウは言った。
「今、『通信手段』って言ったのかい?」ミッチは尋ねた。
 サブロウは返事をしない。
「いったい誰への通信だい?」
 サブロウは反応しなかった。
 一分程待って、もうそばを離れようかとミッチが思った頃、サブロウは独り言のように言った。
「未来への」
「えっ?」
 サブロウはうつむいたまま、本を抱えていた。

 次に見掛けたとき、サブロウは中庭の木の幹にもたれかかるようにして地面に座っていた。
 ミッチは慌ててサブロウに近付いた。調子が悪いのかと思ったのだ。
 だが、周囲にいる職員たちが冷静であることに気付いて、どうやら大したことはないのだとわかった。
 サブロウはミッチが近寄ってくると、顔を上げた。
「こんにちは」ミッチが呼び掛けた。
 サブロウは顔を伏せた。
 やはり、怒っているのか、認知障害が進んでいるのか、はっきりしない。
 どこか近くに水場があるのか、やたらと蚊が飛んでいた。見ると、サブロウの腕にも何匹か止まっていた。サブロウの目に入っていないとは思えなかったが、彼は潰すでもなく、追い払うでもなく、放置していた。すでに十か所以上、刺されているらしく、赤い斑点ができていた。
「蚊がいるよ」ミッチが手で蚊を追い払った。
 サブロウはミッチをにらみ、不機嫌そうに言った。「ほっといてくれ!」
 ミッチは迷惑そうな態度をとるサブロウに話し掛けるのがだんだんとおつくうになってきた。いつの間にか没交渉となり、彼のことを気に掛ける時間は減っていった。
 エリザかドックに相談しようかとも思ったが、彼らはこっちのことを覚えていないだろうし、下手に近付いたら、職員たちに目を付けられるかもしれないと思い、二人に接触することもなかった。
 そして、ある日、サブロウの姿が消えていることに気付いた。

   12

 なぜ、エリザは一人で脱走しようとしたのか?
 サブロウはその理由をずっと考えていた。
 もちろん、彼女が脱走を決行したという証拠はない。だが、可能性として、そう仮定した場合どういう理由が考えられるのか、検証すべきだと感じたのだ。
 彼女は冷静な人間だ。ほとぼりが冷めるのを待てないはずがなかった。つまり、彼女はえて脱走を実行したのだ。
 何か事件が起きた直後は一時的に警戒が厳しくなるが、そのうち緊張も解け、また、元の状態に戻る。もちろん、そういうことは多々ある。だが、必ずしもそういう経緯を辿たどるとは限らない。職員たちがまだ報告していないだけで、いったん報告されると、一気に警戒レベルが上がるということも考えられる。常に出入り口に監視が付くようになるかもしれないし、入居者全員の持ち物検査が行われるかもしれない。そうなったら、もはや脱走は不可能となる。
 つまり、今を逃すと、脱走のチャンスは永久に訪れないかもしれないのだ。一方、ドックが失敗した状況下では、以前より脱出のリスクが高まったことも否めない。だからこそ、彼女は被害を最小限にとどめるため、自分一人での脱走を決意したのではないのか。もしそうだったとしたら、非常に合理的な判断だ。
 自分もまた合理的な判断をしなければならない。
 脱走の失敗が二度続いているとしたら、三度目も失敗する公算が高い。だが、ここで諦めたら、もはやこの先はない。考え方を変えてみると、脱走に失敗してもたかだか記憶を消されるだけだ。命までとられるようなことはない。だとしたら、やってみる価値はあるだろう。それが合理的判断というものだ。
 ミッチは誘わないことにした。自分が失敗したときに彼女が最後の切り札となる。さらに仲間を増やすことも考えたが、それだけの時間を費やすこと自体がリスクだと考え直した。
 電動車椅子はミッチに改造されたままだ。今は安全装置を無効化できていると信じる他はない。
 朝食前、職員が忙しくしている時間を狙って、出入り口に向かった。
 おあつらえ向きに、職員の姿は見えない。
 サブロウはポケットから指貫を取り出した。記憶は定かではないが、五つあった指貫のうち、二つはドックとエリザが持っていったはずだ。そして、これが三つ目。残りの二つは、施設内に隠してある。今回、失敗した場合の保険だ。
 装着して指紋認証システムに当ててみる。
 永久かと思われる数秒間が経過した後、ドアのロックは解除された。
 サブロウは小さく溜め息を吐いた。
 まだ気を抜けない。
 サブロウはドアを開け、外に出た。
 一日程度の水と食料は持ち出してきた袋の中に用意してある。それ以上用意しても、車椅子のバッテリーがもたないだろう、とミッチが言ったからだ。つまり、半日以上、誰にも見付からなければ、帰るかどうか決断しなければならないことになる。そのまま帰れば記憶を消されてしまうかもしれない。かと言って、さらに半日進んで何もなければ、野垂れ死にする可能性があるのだ。
 もっとも、今そのことを心配するのは早過ぎる。まずは森の中に進入できるかどうか確認しなければならない。森の手前で止まったら、何の進歩もないことになる。
 サブロウは森へ向けて進んだ。
 外は静かで、車椅子のモーター音がやけに大きく聞こえる。サブロウは焦ったが、これ以上速度を上げるすべはない。
 こんなことなら、ミッチにスピードアップのための改造をして貰っておくんだった。
 前回、車椅子が止まった場所に到達した。
 サブロウは息を止めた。
 何事もなく、車椅子はその地点を通り過ぎた。
 サブロウはゆっくりと息を吐いた。
 大丈夫だ。とにかく最初の関門は突破できた。さて、次は森を抜けられるかどうかだ。
 森の中に入ると、突然地面が凸凹になった。車椅子が激しく揺れる。万が一、車椅子が転倒したら、一人で起こすのはまず不可能だろう。サブロウは車椅子の速度を人が歩く速度よりもさらに遅くした。
 それでも、相当がたがたしたが、なんとか前に進んだ。大きめの石や木の根に、車輪が引っ掛かると、止まってしまうこともあったが、少しバックして進路を変更すれば、前に進むことができた。
 上を見上げると、木々の枝の隙間から青空が見えた。車椅子を進めると、青く輝く空を背景に次々と黒い枝葉が後方に流れていくように見えた。
 サブロウはまるでドライブしているような気分になり浮き浮きとしてきた。
 夏にしては、多少肌寒いような気はするが、耐えられないことはない。モーターも快調だ。案外バッテリーはミッチの予想よりももつかもしれないと感じ始めた。このまま進み続けて森を出ることは、そんなに難しくないかもしれない。
 森の中の道は元々あったものが荒れたのか、それとも獣道なのか判断が付かなかった。森林について詳しければわかったのかもしれないが、それがわかったとしてもたいして状況に変化はないように思われた。
 サブロウは袋の中から一枚の紙を取り出した。そして、指先を水で湿しめらせ、ここまでの大雑把な森の地図を描いた。紙が乾くと見えなくなったが、それでいいのだ。もし職員に捕まったとしても、これだとただのかみくずに見えるだろう。れた痕は繊維の乱れとして残っている。注意深く観察すれば、地図を読み取ることができるだろう。
 サブロウは紙を袋に戻した。
 腕が無性にむずがゆい。蚊に刺された痕だ。だが、サブロウはくようなことはせず、ひたすら我慢した。
 今、搔くとまずいことになる。
 サブロウは歯を食い縛った。
 気になることはもう一つあった。さっきからぶんぶんとうるさいのだ。はえが近くにいるようだが、居場所がわからないのだ。不思議なのは、遅いとはいえ時速二キロ程で進んでいるにもかかわらず、羽音がずっとついてきていることだ。つまり、蠅がずっと後を追ってきているということになる。
 何かの錯覚か、自然現象だろうかと首をひねる。
 ふと、この羽音は上空から聞こえているのじゃないかと感じた。
 空を見上げると、はたして蠅らしきものが見えた。手を振って追い払おうとしたが、どうも妙な感じだ。
 車椅子を進めても蠅はずっとついてくる。
 自分が何か臭いを出しているのではないかと、不安になってきた。
 そのときだった。前方二メートル程のところに何か水平な糸のようなものが光ったのだ。
 サブロウは慌てて車椅子を止めようとしたが、モーターはそんなに素早く反応はしない。
 車椅子は糸にぶつかった。一瞬、軽い衝撃があったが、糸はすぐに消えせてしまった。
 嫌な予感がした。
 サブロウは車椅子を完全に停止させた。
 の糸にしては水平に長く伸び過ぎていた。今のはおそらく人工のものだ。だとしたら、何かのわなのセンサーである可能性が高い。ひょっとするとあの奇妙な動きをしていた蠅はこの罠を知らせるための仕掛けだったのかもしれない。
 サブロウは空を見上げた。そこにはもう蠅はいなかった。
「もし、協力者がいるのなら教えてくれ。俺は罠に掛かったのか?」
 返事はなかった。
 だとすると、あの蠅が「協力者」からの接触だというのは思い過ごしか? 罠も思い過ごしだといいのだが。
 サブロウは鈍ってきている五感をフル稼働させて周囲の様子を探った。
 かすかにしゅうしゅうという音が聞こえるような気がした。
 ガスだ!
「頼む。ガス攻撃を受けている。助けてくれ!」サブロウはいるかいないかわからない「協力者」に呼び掛けた。
「残念ながら、今君を助けるのは協定違反なんだ」背後から声がした。
 サブロウは振り向こうとした。だが、身体からだがふらついて、うまく背後を見ることができなかった。
 何かの影が飛び去った。
 以前、エリザと中庭にいたときに見掛けた影に似ていたような気がした。
 目が回ってきた。手足に力が入らない。
 やはりガスのようだ。
 サブロウは腕を搔きむしった。
 そして、意識がなくなった。

#3-3へつづく
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