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連載

小林泰三「未来からの脱出」 vol.8

施設から脱出するために電動車椅子の仕組みを調べていると、何者かに声をかけられ……。小林泰三「未来からの脱出」#2-3

小林泰三「未来からの脱出」

※この記事は、2020年2月10日(月)までの期間限定公開です。

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   6

 サブロウは広間の隅で、悪戦苦闘していた。電動車椅子の操作パネルをがそうとしていたのだが、どうも簡単にはいかなそうだった。あまり長く掛かっていると、職員に気付かれるかもしれず、気が気ではなかった。
「どうかした?」背後から突然女が呼び掛けてきた。
 サブロウはついに職員に見付かったかと思ったが、職員なら日本語で呼び掛けてきたりはしないと気付いた。
 おそるおそる振り返ると、入居者の女性が興味深げにサブロウを眺めていた。エリザとは違い、それほど上品な感じはしなかった。むしろ、気さくに話し掛けてくるタイプだ。はまるで思春期前の少女のようにいたずらっぽく輝いていた。
「その……」サブロウはどの程度本当のことを言うべきか悩んだ。「車椅子の操作パネルを剝がそうとしてたんですよ」
「具合が悪いの?」
「そのなんというか……」
 確かに具合は悪い。森の中に入ろうとすると、止まってしまうのだ。だが、とてもじゃないが、いきなりそんな核心的な話はできない。
「作動原理が知りたくて」
「原理はそんなに複雑じゃないと思うわ。たぶん、モーターのスイッチを入れるだけ、ただし、速度の微調整が利くようにインバータ的なものは入っていると思うけど」
「電気に詳しいんですか?」
「まあね。そっちの研究してたから。学生時分だけど」
 ふと、サブロウはこの女性に頼んでみようかという気になった。
「中を開けられますか?」
「開けられるよ」女はちらりと見ただけで言った。「だけど、下手に開けて故障とかしたら、面倒だよ」
「そんな簡単に壊れるものなんですか?」
「ものによるね。ユーザーが勝手に開けて、中をいじられたら、面倒なのでわざと開けにくくしているものもある。特別な工具を使わないと壊れてしまうように作っているものもあるよ」
「これもそうなんですか?」
「たぶん、そんな複雑なことはしていない。だけど、勝手に分解すると、メーカーの保証が受けられなくなるかもしれない」
「だとしても、わたしたちは関係ないですよね?」
「ここの使用料に上乗せされるかもしれないよ」
「わたしは払った記憶がないんですが、あなたは払われてるんですか?」
「直接は払ってないさ。たぶん銀行引き落としかなんかなんだろ」
「誰の口座からですか?」
「そんなこと知らないよ。たぶん、わたしのか、それとも娘のだろ」
 なるほど。この女性もその辺りのことは知らない訳だ。
「壊れた場合は、わたしが弁償しますから」そして、サブロウは小さな声で続けた。「ただし、なるべくここの職員には見付からないようにやってください。もちろん、万が一見付かってしまったら、わたしが責任をとります」
「ちょっと待ってな」女性はポケットから小さなねじ回しを取り出した。
「そんなもの、いつも持ってるんですか?」
「持ってりゃ、便利だよ」女性は数秒後にはパネルを剝がしていた。「思った通り、単純な構造だ。このプリント基板に必要な部品は全部乗っかってる。……ん?」
「どうかしましたか?」
「パッチ型アンテナが入ってる」
「どういうことですか?」
「何か受信しているか、送信しているか、その両方かだよ」
 ああ。やっぱり。
 サブロウは納得した。
「それ、無効にできますか?」
「単純に動作させなくするだけだったら、アンテナを回路から切り離せばいいだけだから簡単だけど、本当にそれでいいのか?」
「どういうことです?」
「この車椅子からの送信もなくなるから、通信相手に回路に手を加えたことがばれちまうかもしれないよ」
「ああ。それはまずいかもしれないですね」
「何でまた、アンテナを切り離したいんだい?」
「つまり、ときどきこの車椅子はわたしの意に反した動きをするんです。それを回避したいという訳です」
 女性はしばらく考えた後、小さく口笛を吹いた。「おいおいおい! あんた、まさか反乱をたくらんでるのか!?」
「どうしてそうなるんですか?」
 サブロウは必死で頭脳を働かせようとした。
 何とかして誤魔化さないと……。
「この電動車椅子はこの施設の設備だ。だとしたら、このアンテナと回路を取り付けたのは、施設側だ。違うか?」女性は言った。
「明言はできませんが、たぶんそうでしょう」
「あんたは車椅子があんたの意に反した動きをすると言った。だが、実際は逆なんだろ? つまり、あんたが施設の意に反した動かし方をしないように、このアンテナと回路が付けられている」
「まあそうなんでしょうね」
「それをはずしたいってことは、つまり、あんたが施設の意に反した動きをしたいってことだ。それも、こっそりと。つまり、あんたは施設に対して何らかの反乱を企てようとしている」
 残念なことにこの女性を誤魔化すことは不可能らしい。だが、それは嬉しいことでもある。
「別にわたしは施設に損害を与えたい訳ではありませんよ。ただ、好奇心が抑えられないだけなんです」
 女性はもう一度ポケットに手を突っ込むと、小さなテスターを取り出した。
「そんなもの、いつも持ってるんですか?」
「持ってりゃ、便利だよ」女性はテスターの端子を二、三か所に押し当てた。「できるよ」
「何が?」
「回路を誤魔化すことだ。アンテナからの入力をダミー回路に流して、それを終端させれば、受信した信号を無効にできる。ただ、車椅子からの送信信号はそのまま出力させる」
「それだと、やりとりできないから、ばれてしまうかもしれませんね」
「相手が人間ならね。だが、人間が対応しているとは思わない」
「どうしてですか?」
「機構が単純すぎる。複雑な作業をするには向いていない。つまり、通信相手も単純な機械である可能性が高い」
「あるいは、バイトが対応しているのかも」
「そうかもね。だけど、バイトだったら、多少機械の様子がおかしくても、スルーするんじゃないかな?」
 適当なばあさんだ。だが、このおおらかさと決断の素早さは捨てがたい才能かもしれない。電気や機械にも強いようだし。
「では、改造お願いできますか?」
 女性はポケットからはんごてと小さな部品を取り出した。
「そんなもの、いつも持ってるんですか?」
「持ってりゃ、便利だよ」
 作業は十秒ほどで終わった。
「これからも相談に乗ってもらっていいですか? わたしのことはサブロウと呼んでください」
「いいよ。わたしのことはミッチと呼んでくれればいい」
 二人は握手を交わした。

#2-4へつづく
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