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連載

小林泰三「未来からの脱出」 vol.21

AIロボットたちの殺戮は突如終わった。戸惑うサブロウに、謎の物体が近づいて来て……。 小林泰三「未来からの脱出」#6-1

小林泰三「未来からの脱出」

※この記事は、期間限定公開です。



前回までのあらすじ

とある施設で暮らすサブロウは、過去の記憶がないことに違和感を覚えていた。日記帳に隠された「ビースを集めよ」というメッセージに気付くとチーム・ハンドレッズを結成し、施設からの脱出を目指す。施設の外に出たサブロウはここが二十二世紀で、世界をAIが支配しているという記憶を取り戻す。施設にいる職員がロボットである可能性を示唆されたサブロウは、ロボットが変異人類は殺せるが、自分たちオリジナル人類には手を出せないことに気付く。

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 さつりくが終ると、ロボットたちは何事もなかったかのように作業を再開した。そこには何の感傷もなかった。ロボットには心も感情も存在しないということがあらためて認識された。彼らは何世紀も前に造られたプログラムに沿ってただ動いているだけなのだ。そこには意思はない。あるとしたら、プログラマーの意思なのだ。
 サブロウはどうしていいのかもわからず、その場で立ち尽くした。
 ついさっき、ロボットたちはサブロウを人間だと判断し、殺さなかった。だが、一分後も同じ反応をするとは限らない。はえ人間によると、ロボットたちは深層学習によって、人間の定義を得ているということだった。つまり、それはリアルタイムで次々と新しいデータを取り込んで、定義を更新しているということだ。人間の定義は移ろいゆく。
 二十一世紀初頭では、AIたちにインターネットの情報を使って深層学習させることがっていた。たとえば、犬を認識するために、AIはインターネットから犬の情報を集める。人々が「犬である」と認識している数千枚の画像からAIは犬の特徴を抽出する。これで、AIは見せられている画像が犬であるかどうかを判断するのだ。もちろん、これは「猫」でも「金魚」でも「人間」でも同じことなのだ。しかし、この時代のコンピューターネットワークはAIたちに支配されていると考えられる。つまり、AIが「人間」の特徴を学習するとき、人間自身が入力した情報ではなく、世の中に満ちているAIたちの情報がフィードバックされている可能性が高い。もし、そのような現象が起きているのなら、AIの人間の定義が人間自身の人間の定義とかいしてしまっている可能性がある。たとえるなら、スピーカーとマイクを近付けるようなものだ。意味のないノイズを繰り返し、増幅することで、ハウリングと呼ばれる不快な高音が発生することがある。あるいは、ビデオカメラの出力を表示している画面をそのカメラで撮影するようなものだ。画面には、奇妙でカオティックな映像が映し出されるが、それは現実の世界とは無関係なものだ。
 もしそれと同じようなことが起きているとしたら、AIたちの「人間」の定義は元々の人間とは全く違ったものになっている可能性がある。変異人類たちが突然襲われたのは、AIの持つ「人間」の定義がまぐれな変化をしたためかもしれないが、オリジナル人類であるサブロウが絶対に安全であるとは言い切れない。いつか、人間の定義が従来の人間の定義から大きく逸脱してしまうかもしれない。深層学習にはそのような危険性を感じる。
 逃げた方がいいかもしれない。
 でも、どこに?
 とりあえず、元の建物の中に戻ろう。ロボットたちもわざわざ建物の中にまで入って殺戮を行おうとはしないだろう。
 肉を切り裂く音と肉を焼く臭いがした。
 サブロウは慌てて自分の身体からだを探った。だが、どこもをしていないらしい。
 では、まだ攻撃されている変異人類がいるのか?
 サブロウは背後を見た。
 そこには高さ一メートル半程の腐肉の塊があった。
 いつの間にこんなものが?
 サブロウは汚物の山から距離をとろうとした。
 すると、その汚物の山が自らサブロウに近付こうとした。そして、その身体のあちこちからぶりぶりと不快な音を立てて、固形物や液体を噴出し続けていた。ガスも出ているようだ。
 一瞬、パニックに陥りそうになったが、その日は異様な体験を繰り返していたおかげで、すぐに落ち着きを取り戻すことはできた。
 つまりだ。この腐肉の塊に見えるものは実は腐肉の塊ではないのだ。おそらく、AIロボットか、変異人類の一種だろう。
 AIロボットが自らを腐肉の塊に偽装する意味はわからない。だとしたら、変異人類か? そうだとしても、自らをわざわざこんな姿に改造するのは正気の沙汰とは思えなかった。
「わたしは君を不快な気分にさせているだろうね」腐肉の塊がしやべった。
 肉の一部がぐにゃぐにゃと開いたり閉じたりしているので、おそらくそれが口だと思われたが、それは身体の正面でもなければ、上部でもなかった。とはいっても、腐肉の塊はあまりに人間の姿と隔たっていたため、口らしきものがある部位が人間のどの部分とは明言できなかった。えて言うなら、「左下の辺り」としか言えない。そして、それが喋ると同時に何とも言えない強烈な悪臭が周囲に漂った。
「あなたは変異人類なのか?」
「そうだ。超再生人間とでも呼んでくれればいい」
 その形態からはとても、そのような名前は思い付かない。サブロウが思い付いた名前は「腐人間」だったが、もちろんそんな失礼なことは口にしない。
 周りを見ると、さっきまで姿が見えなかった大量の腐人間たちが現れていた。そして、他の変異人類たちの遺体を回収していた。
「彼らの遺体はどうするんだ?」
「いろいろだ。原則的には、本人の家族の意思にしたがう。宗教的な儀式の後、土に埋めたり、燃やしたり、水に流したり、放置して腐るままにしたり、鳥に食わしたりだ。宗教的な儀式は一切行わず、自然へのリサイクルを望む者もいる」
「臓器移植には使用しないのか?」
「再生医療が発達しているから、たいていの機能障害は自己細胞の増殖で対応できる。そのような処置が高度に適用されたのが、我々、超再生人間だと言えるだろう」
「それはいったいどういう意味なんだ?」
 ロボットが一体こちらに向かってきた。
「危ない!」サブロウは腐人間に注意した。
 だが、光線が腐人間を貫通し、そのまま切断した。
 血液とは明らかに違う種類の黄色い粘り気のある臭い体液が飛び散った。
「ああああ!」サブロウは手で顔を押さえて絶叫した。
「大丈夫だ。全く致命傷には至っていない」腐人間の声がした。
 恐る恐る、顔から手を離すと、腐人間の切断された部分はぶくぶくと泡立っていて、組織が再生していくのが見て取れた。傷の部分は元々の形よりさらに膨れ上がり、こぶや触手や眼球にまみれた不気味な形態に変形していった。
「これが超再生なのか?」
「その通りだ。我々超再生人間の細胞は不滅だ。どんなダメージを受けても即座に修復するように進化したのだ。だが、その代償もあった。細胞というのは、一定の分裂回数を終えると、もう分裂せずに死滅するようになっている。ところが、我々の細胞は死滅しないため、無秩序に増殖してしまう。その結果、人間の姿を保つことができなくなったのだ」
「それって、つまりガン細胞なんじゃないのか?」
「当たらずとも遠からずだ。ただし、ガン細胞は無秩序な増殖の末、本体を殺してしまう訳だが、超再生細胞にはそういうことは起こらない。無秩序に増殖しながらも、全体のバランスを保つため、本体を殺すことはないのだ。ただし、各組織が互いに侵食しながら増殖するため、身体のあちこちに各組織がランダムに分散することになる。身体の外側に骨や内臓や筋肉が発生したり、内部に皮膚やなどの感覚器官や髪の毛が発生したりする。おそらく君は異臭を感じているだろうが、それは体表に存在するさまざまな内臓からの分泌物によるものだ。さっきのように怪我をした場合は、その部分で再生速度が速まるため、さらに変形が激しくなる」
「今まで姿を見せなかったのはなぜだ?」
「君にショックを与えないためだ。蠅人間程度でも相当なショックを与えたようだから」
「申し訳ないが、確かにいきなり、あなたたちが目の前に現れたら、恐怖でどうにかなってしまったかもしれない」
「君が申し訳なく感じる必要はない。自然な感情だ」腐人間は続けた。「本当は君の前に現れるのは、もっと後にする予定だった。だが、このような事態になったため、姿を表さざるを得なかったのだ。我々は二十一世紀の救急隊員に相当する者だ。危険な場所で人命を救助する。だが、今回はあまりにロボットの動きが速かったため、ほとんど救出することができなかった」
 ロボットたちはしばらくの間、腐人間たちを攻撃していたが、そのうち攻撃をやめ、また先程までの意味不明な作業を再開した。
「なぜ攻撃が終ったんだ?」サブロウが尋ねた。
「正確なところはわからないが、たぶん我々を殺すことができないと判断して、無駄な行動をやめたのだろう。殺せない者を殺し続けるのは、時間と資源の浪費だ」
「あなたたち──超再生人間以外の変異人類は滅亡したのか?」
「そんなことはない。犠牲者はこの付近にいた数百人に過ぎない。かれらは全世界に分布している。ロボットたちは一斉に蜂起した訳ではない。何らかの情報上の揺らぎのため、この付近のみで虐殺が行われたのだ。世界の殆どの場所で、ロボットたちは大人しくしている。しかし……」腐人間は言葉を濁した。
「しかし、何だ?」
「このような事故が全世界で発生する可能性は否めない。少しずつだが、このような事件の発生頻度も規模も大きくなっている」
「そうなったら、生き延びるのはあなたがたの一族だけか?」
「我々は楽観していない。もし、超AIが変異人類を滅ぼそうと決心したら──『決心』という表現を使っていいのかは疑問だが──我々超再生人間もまたその対象とされるだろう。生物兵器か、化学兵器か、あるいは未知のナノテク兵器かもしれないが、超AIは自然界への影響を最小限にして我々だけを滅ぼす兵器を使用すると考えられる」
「あなたがたはそれを座して待つばかりなのか? このまま人類は滅び、地球はAIの星になるのか?」
「兵器での戦いでは我々に勝ち目はない。だが、蠅人間は──君と交流があり、そして死んだ蠅人間は人類存続の希望をいだしていた」
「人類存続の希望?」
「そう。そして、それは人類最後の希望でもある」
「いったいそれは何だ?」
「君だ」
 予想だにしていなかった言葉にサブロウは返す言葉すら見付からなかった。

▶#6-2へつづく
◎第 6 回全文は「カドブンノベル」2020年4月号でお楽しみいただけます!


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