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連載

小林泰三「未来からの脱出」 vol.12

ハンドレッズのメンバーは、施設からの脱出を決行しようとするが……。予測不能の大脱出劇! 小林泰三「未来からの脱出」#3-3

小林泰三「未来からの脱出」

※この記事は、期間限定公開です。

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   13

 サブロウがいなくなったのに気付いたのは朝食が終わったときだった。
 どうやら、最初から食べにきていなかったようだった。
 ミッチは急いで、サブロウの部屋を訪れたが、そこは無人だった。
 念のため、施設の中をいろいろと見て回ったが、彼女はサブロウは見付からないだろうと覚悟していた。
 あの全てに興味を失ったような態度は演技で、ずっと脱出を計画していたのだろうか? それとも、精神症状が悪化した結果、無謀な行動に出たのだろうか?
 さて、自分はどうすべきだろうか?
 ミッチは考え込んだ。
 サブロウは脱走したような気がする。しかし、絶対にそうだと言い切れる程の自信はなかった。それを言うなら、ドックやエリザも脱走を図ったのかどうかわからない。わかっているのは、姿を消した人間が全員、ハンドレッズのメンバーだということだ。これは偶然とは考えられない。
 となると、次に姿を消すのは自分かもしれない。
 今までの三人が姿を消した原因が脱走だとするなら、自分は脱走を行うべきではないだろう。三人が解決できなかったのに、自分だけが解決できると考えるのは、あまりにも無謀だろう。もちろん、三人とくらべて自分には、機械や電気の知識があるが、これが突発的な事象にどれだけ対応できるかは未知数だ。むしろ、危険から逃げるびんしよう性や先を見通す洞察力の方がずっと役に立ちそうだ。そして、残念ながら、これらの能力において、自分は他のメンバーと較べて抜きんでているとは言えない。
 だとしたら、このままじっとしているのが一番なのかもしれない。だが、サブロウをこのまま放っておいていいものだろうか? 確かに、ドックやエリザは数日で戻ってきたが、サブロウもそうだとは限らない。もし、彼が窮地に陥っているのなら、なんとか手助けすべきだろう。だが、いったいどうすればいいのか?
 一人で考えていてもいい考えは浮かばなかった。
 だとしたら、このまま何もせずに事態の推移を見守るのも一つの方法だろう。
 だが、打てる手はそれだけではない。
 自分よりも洞察力が優れた人間に手助けして貰うのも解決に結びつくかもしれない。
 サブロウは時間を掛けて、脱走に役立ちそうな才能を持つ仲間を見付けていった。ミッチも同じことをすればいいのだろうが、それには相当の時間が必要だ。ミッチに同じことをするだけの気力はなかった。
 だが、一から探す必要などないのだ。才能のある人物ならすでにわかっている。エリザとドックだ。ただし、今二人に接触するのが正しいことなのかどうかわからない。少なくともドックは接触を危険だと考えていたようだ。
 ミッチは数日間悩んだ末、ドックと接触する決心をした。ドックは記憶を失った後ですら、持ち前の洞察力で事態をおおよそ把握したのだ。ミッチに助言ができるとしたら、彼しかいないだろう。
 ミッチは書架の前で腕組みをしているドックに近付いた。「こんにちは」
「こんにちは」ドックはじっとミッチを観察した。
「わたしを見て、何かわかったかい?」
「観察だけでは、ほとんど何もわからない。だから、質問をさせて貰う。君はサブロウの知り合いか?」
「ええ。そして、あんたとも」
「サブロウの姿はこの数日見掛けない。何があった?」
「それをあんたに訊こうと思ったんだよ」
「今、君とわたしが接触するのはまずいかもしれない」
「それは覚悟の上だ」
 ドックは片眉を上げ、そして少し首をかしげ、数秒間考え込んだ。
「なるほど」
「何か思い付いたのかい?」
「サブロウは切れる男か?」
「ああ。あんた程じゃないかもしれないけど」
「だとしたら、なんらかの対策をしていたはずだ」
「一かばちか打って出たのかも」
「『打って出た』というのは、わたしと似たような行動をとったという意味かね?」
「たぶん」
「彼は記憶を失った後のわたしと会った」
「それは聞いたよ」
「だとしたら、何の対策もとらずに『打って出る』とは思えない。なぜなら、彼は自分の能力がわたしより低いと認識していたはずだからだ。わたしと同じことをしても、わたし以上の結果を出せないのは明らかだ」
「凄い自信だ。だけど、一理あるかもしれない」
「彼は何か対策をとったはずだ。だとしたら、その結果を待つべきだ」
「結果って?」
「さあ」
「さあ? まさか、わからないのかい?」
「当たり前だ。わたしは自分の身に何が起こったのかすらわからないんだ。ましてや、彼の身の上がわかろうはずがない」
「だけど、何らかの対策をとったことはわかるって……」
「それは論理的な帰結だ。もっとも、君や彼の言葉が正しいと仮定しての話だが」
「今は静観しろってこと?」
「それが最適解だ」
 それでは手遅れになってしまうかもしれない。
「彼に何があったかわからないけど、彼を助けるのを手伝って貰えないか?」ミッチは懇願した。
「時期尚早だ」ドックは冷たく言い放った。
「いつになったら、いいんだい?」
「それを判断するにも情報が必要だ」
「情報ならわたしが……」
「君たちとの接触はリスクが高い。情報はわたし自ら収集する」
「どうやって?」
「それは教えられない」ドックは片眉を上げた。そして、まるで今までミッチと話していたことすら忘れたかのように、何も言わずに離れていった。

 ミッチはエリザに接触すべきかどうか悩んだ。エリザなら、ドックより親身になってくれそうに思ったからだ。だが、相談するためには、エリザに今までの経緯を説明しなければならない。エリザは洞察力に優れてはいたが、ドックのように超人的な域には達していない。ミッチにはうまく説明できる自信がなかった。もし不信感を与えてしまったら、彼女は職員に通報するかもしれない。それがサブロウや自分自身の運命にどんな影響があるか全く推測できなかったのだ。だとすると、ドックが言ったように静観するのが正解ということになる。
 ミッチは丸三日間悩んだ末、エリザに接触する決心をした。今はできるだけ多くの人間の知恵を結集すべきだと思ったからだ。
 ミッチがエリザの部屋に向かっていたとき、廊下で車椅子のサブロウと擦れ違った。
「わおっ!」ミッチはつい声を出してしまった。嬉しさのあまり自分を抑えられなかったのだ。
 サブロウはちらりとミッチを見た。その目には親愛の情は感じられなかった。不審な者を見る目付きだった。
「サブロウ、無事だったんだね」
「無事? ……ええと、君の名前を聞いていいですか?」
 サブロウは初対面の人物──特に女性に対しては丁寧な物言いをする。つまり、ミッチとは面識がないと感じているのだ。
 ミッチはがっかりした。
 何も変わらない。ドックやエリザとまるっきり同じだ。ドックはサブロウが何か対策をとったはずだと言っていたが、どうやら買いかぶっていたようだ。サブロウには何の勝算もなかったのだ。
「ああ。御免。人違いだった」ミッチはサブロウから離れようとした。
「ちょっと待ってください。君は俺の名前を知っていた」
「ええ。まあ、ちょっとした知り合いだったかも」
「無事かと訊きましたね?」
「ああ。勘違いさ」
「俺の身に何かあったということですね」
「さあ、そんなことはわからない」
「俺について知っていることを教えてください。いったい俺は何をしようとしていたのか?」
「何もしようとなんかしてなかったよ」
「俺はこの施設に疑問を持ってるんです」
「完璧な施設なんてないからね」
「ここに入った経緯が思い出せないんです」
「年寄りにゃ、よくあることだね」
「そして、君のことも全く覚えていない」
「だから、齢をとったからだろ」
「特定の人物のことをすっぱりとれいに忘れるなんてことがあるでしょうか」
「認知症ってのは、そういう病気なんだろ」
「記憶は互いに有機的に絡み合っているものです。施設内で起こったことが全体的にあいまいになっているならともかく、特定の人物の記憶がすっぽりと抜け落ちているのは奇妙だと思いませんか?」
「そう思うのは錯覚かもしれないよ」
「もう一度聞きます。君の名前を教えてください」
「わたしは……ミッチだよ」
「なるほど」サブロウの目に光が宿ったように見えた。「今から、俺の部屋に来てくれ。大事な話がある」サブロウは車椅子を動かし、部屋に向かった。
 ミッチは慌てて、後を追う。
 あれ? 今、敬語をやめてなかった? 突然記憶が戻った? でも、そんなことある? ドックやエリザの記憶は回復しなかったのに。
 部屋に入ると、サブロウはドアを閉めた。「密室で二人きりになるのは、女性に対して失礼だけど、俺たちの会話を聞かれるといからね。念のため、盗聴器と隠しカメラの確認をお願いする」
 ミッチはポケットから装置を取り出し、確認作業を行った。
 えっ? 本当に記憶戻ってる?
「必要なものはわかった。ガスマスクだ」サブロウは早口で言った。
「どういうこと? 話が全く見えないんだけど」
「よく見てくれ」サブロウは袖をまくって見せた。「もう消えかけているので、注意して」
 腕には、ぽつぽつと虫刺されの痕らしきものがあった。そして、それらを搔き毟った痕も。
「これが何か?」
「虫刺されはたぶんカモフラージュのためにわざと刺されたんだ。重要なのは搔き傷だ」
 ミッチは搔き傷をもう一度見た。別に文字の形にはなっていない。かな文字にもアルファベットにも似ていない。
「ただの搔き傷だろ?」
「文字なんか書いたら、すぐにばれてしまうからな。ほら。長いものと短いものが混在しているだろ。ト・ツー・ト・ト、ト・ト、ツー・ツー・ツー・ト・ツー」
「モールス信号! 『ガス』」
「正解だ」
「だから、あんたは蚊に食われるままにしてたんだね。皮膚にいきなり、モールス信号を刻んだら、ばれてしまうので、虫刺されを搔き毟ったように偽装した。これなら記憶を消されても敵の罠の情報を記録しておける」
「やっぱり、俺はそんなことしてたんだ」サブロウは得意げに言った。「ガスマスク作れるよな?」
「……もちろんだ。ガスの種類にもよるが、活性炭があればなんとかなると思う。活性炭は冷蔵庫からくすねてもいいし、草木から自作することも……」
「作り方は君に任せるよ」
「でも、どうしてわたしにそんな技術があるってわかったんだい? 盗聴器のこともわたしに訊いていたし」
 サブロウは不敵に微笑むと、引き出しから日記帳を取り出し、彼女に差し出した。
「これは前にも見せて貰ったよ」
「もう一度、見てみるんだ。たぶん、君の知らなかった文字が読み取れるから」
 ミッチは震える手で、日記帳をぱらぱらとめくった。
 そこには、例のぱらぱら漫画の手法で、新たな文章が書き込まれていた。

 脱走チーム・ハンドレッズのメンバーは四名。発起人サブロウ。情報収集担当エリザ。戦略策定担当ドック。技術・メカ担当ミッチ。……

#4-1へつづく
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