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連載

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」 vol.11

【連載小説】香を引き受けた天本家。事の顛末を有里は説明するが……。 赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#3-3

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。
>>前話を読む

「ご迷惑かけてすみません」
 こちらはお風呂を出て、有里のパジャマを借りて着ている矢ノ内香。
 有里が引き受けて、家へ連れて来たのである。
「いいのよ。うちはいつも半分外みたいなもんだから」
 と、というか皮肉気味に言ったのは、もちろん母の文乃だ。
「何よ、それ」
 と、有里が言った。「どうせ部屋はあるじゃない」
 香がおずおずと、
「あの……私、ここのソファでも、どこでも寝られます」
 と言った。
「大丈夫よ」
 と、さちが笑って、「うちはよく客があるから、部屋はあるのよ」
「はい……」
「疲れたでしょ? 早く寝るといいわ。有里、案内してあげなさい」
「うん。──こっちよ」
 有里は二階へと上って、客用の部屋へ香を連れて行った。
「──お様は有名な天本幸代さんなんですね」
 ベッドに腰かけて、香は言った。「びっくりしました」
「知ってるの?」
「もちろん! 学校の校舎に、複製画が貼ってありました」
 と、香は言って、欠伸をした。「──すみません、眠くなって……」
「ゆっくり寝て。明日は適当に起こしてあげる」
「はい……」
 香はベッドへ潜り込むと、「凄いベッド! こんなの初めて!」
「おやすみなさい」
「おやすみ……」
 そう言いながら、香はストンと眠りに落ちてしまった。
 有里が居間へ下りて行くと、
「また何か物騒なことにかかわってるんじゃないでしょうね」
 と、文乃が難しい顔で言った。
「今のところは、そんなに危い話じゃないと思うよ」
 と言いながら、有里としても保証の限りではなかった。
「──どことなく、陰のある子ね」
 と、幸代がコーヒーを飲みながら言った。「かなしみがにじみ出てるわ」
「お祖母ちゃん、それって、私が能天気だって意味?」
 と、有里が言うと、幸代は笑って、
「そんなこと言ってないじゃないの」
 と言った。「まあ、有里が幸せそうに見えるのは確かだけどね」
「あの子、何泊の予定なの?」
 と、文乃が言った。
「分んないわ、そんなこと。でも、きっと何でも手伝ってくれるわよ」
「家のことは、私一人で充分よ」
 と、文乃は言った。
「今、頼まれてる本のカバーがあるんだけど」
 と、幸代が言った。「あの子、イメージに合うわね。明日にでも話してみるわ」
 日本の画壇で、すでに「大物」の幸代である。本のカバー用の絵を描くことは珍しいのだが、古い付合の編集者に頼まれてのことだった。
 そういう昔からの付合を大切にする幸代のことが、有里は好きだ。
「──まあ、アダルトビデオ?」
 話を聞いて、文乃は眉をひそめた。「まさか、有里、出演するなんて言わないわよね」
「お母さん、私、まだ十六歳で、未経験」
 と、有里は言った。「コーヒーの味は分るようになったけどね」
「でも、その宮里って人、学校の先生だったんでしょ?」
 と、幸代が言った。「どうしてそういう世界に係るようになったのかしらね」
「ほらほら、また物騒な好奇心が動き出した」
 と、文乃は幸代を見て、「もういやよ、死んだんじゃないかって心配するようなことは」
「取り越し苦労って言うんだよ、そういうのを」
 と、有里がからかった。
 しかし──その宮里のいたアパートが火事で焼けたとか、矢ノ内香のバッグから切断された指が出て来たということは黙っていた。
 まあ、その内話せばいいや。──有里はそう思っていた。
 あの指は、村上が持って行って、指紋のデータにないか調べてみるということだった。
 それで何か分れば……。
 有里は、宮里と香を、一度ちゃんと会わせなくてはと思っていた。

 飲み足りない。
 太田たけしは、バーの並ぶ通りを歩きながら、不機嫌だった。
 姉の充代から少し巻き上げていたものの、この辺の店は安くない。しかし、まだ十九歳の猛は、「顔」で飲んで、が利くほどの身分じゃなかった。
「おい、よせよ……」
 と、思わず呟いたのは、雨が降り出したからだ。
 傘なんか持っていない。
 どこかの店に入ろうかと思ったが、懐具合を考えれば難しい。
「景気が悪いや、全く……」
 と、フラフラ歩いていて、当然のことながら行き交う者と肩が当る。
「おい、気を付けろ!」
 と、猛が怒鳴ると、
「気を付けるのはそっちだろ」
 と、言い返して来たのは、同業者らしい白いスーツの男だった。
 一瞬、「まずい!」と思った猛だが、今さら「すみません」と下手に出るのもしゃくだ。
「お前のようなガキを相手に本気じゃ怒れねえ。しかし、今は謝れよ。お前の方がぶつかって来たんだ」
 妙に凄んだりしない、冷静な口調だが、どこか相手を圧倒する雰囲気を持っている。
 こいつ、何者だろう、と猛は思った。
「──失礼しました」
 と、猛はびた。「つい、いらついてたもんで……」
「よし、素直に謝ったのは偉い」
 と、その男は言った。「雨だぜ。その辺の店で一杯やるか?」
「でも……懐が寂しくて」
「お前に払わせやしない。面白いやつだな。ちょっと付合え」
 そう言われて、猛はホッとすると、
「はい。じゃ、遠慮なく」
 本降りになる前に、二人はその辺りで一番高級なクラブに入った。
 中を見回す間もなく、支配人らしい男が飛んで来て、
「これはむなかた様! いつもありがとうございます!」
「奥の部屋は空いてるか?」
「はい、もちろんでございます! すぐご用意いたします」
 と行きかけるのを、
「おい、待てよ。今、客が入ってるんだな?」
「はあ、でも、すぐに空けていただきますので──」
「客を追い出しちゃいけないぜ。俺たちはそのテーブルでいい」
 そう言って、宗方と呼ばれた男は空いていた席に座った。
 猛はびっくりした。他の客を追い出してでも無理を通すのがこの世界だと思っていた。
 こいつはなかなかの「顔役」かもしれない、と猛は思った。
「おい、名前は何というんだ?」
 と、宗方は猛に訊いた。
 女の子が二人、飛び立つように、猛たちの方へとやって来た……。

▶#3-4へつづく
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