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連載

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」 vol.18

【連載小説】「俺はやってない。でも、俺がやったことにして、逃げる」そう言った弟の猛に、充代は……。 赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#5-2

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。
>>前話を読む

8 行き止り

「姉さん」
 店の奥のテーブルからたけしが手を振っているのを見て、おおみつはホッとした。
 いつもののんな猛がそこにいた。あの電話での、切羽詰った様子は何だったのか?
「どうしたのよ」
 と、席にかけて、充代は言った。「とんでもないこと言うから──」
「ここのカニコロッケ、うまいね。メニュー見て思い出してさ」
「良かったわね」
 充代は苦笑して、何も頼まないわけにいかないので、「──じゃ、ハヤシライス」
 と、ウェイトレスに言った。
「それで、隠れなきゃいけない、ってどういうこと?」
 と、充代は声をひそめた。「何をやったの?」
「何も」
 と、猛がアッサリと言ったので、充代はあきれた。
「どういう意味?」
「つまり、やってない。でも、俺がやったことにして、逃げる」
 充代はしばし言葉を失っていたが、
「──猛、それって何なの?」
「俺のこと、見込んで頼んでくれたんだよ。凄く偉い人でさ、あんまり知られてないけど、その世界じゃ有名なんだ」
「でも──あんた、やってもいないのに……」
「だから、やったことにすりゃ、俺も有名になれるんだ。でも、全然逃げないんじゃおかしいだろ? だから──」
「でも捕まったら、あんた……」
「そのときは何年か食らうけど、それは辛抱してさ。出て来たときは幹部になってるんだ」
 と、猛は得意げに言って、「いくら持って来てくれた?」
 充代は、しばらく返事ができなかった。──水をガブガブ飲んで、息を吐くと、
「猛……。それって、利用されてるだけじゃないの。やってもいないことで、刑務所に入る? 馬鹿げてる。よく考えてごらん。出たときは偉くなれるって、誰が保証してくれるの?」
「姉さんには分らないんだ。むなかたさんがどんなに凄い人か」
「宗方っていうの、その人」
「あ、いけね」
 つい口をすべらせた猛が口に手を当てた。
「何者なの、その宗方って?」
 と、充代は身をのり出して、「会わせてちょうだい! お姉ちゃんが話をつけてやる」
 そこへ、
「お待たせしました」
 早々とハヤシライスが出て来た。
「──食べろよ」
 と、猛が言った。
「そんな気分じゃないわよ」
 充代が水を飲む。すると──。
「注文したものは、ちゃんと食べるのが礼儀だよ」
 と、声がした。
「──え?」
 背中合せの席へ振り返ると、
「あんたの弟は、俺に命を預けたんだ。今さら取り戻せない。諦めるんだね」
 と、向うを向いた客が静かに言った。
 充代は、しばらくしてから、
「あなたが──宗方……」
「忘れることだ。憶えていたら、誰かにしゃべるだろ。宮里という男とか」
「どうしてそんなこと──」
「あんたが忘れないと、周囲の人間にけが人が出る。場合によっちゃ命を落とすことも」
 充代は青ざめた。言ったことは遠慮なくやってしまう男だと感じた。
「──どうしろというんです?」
「そのハヤシライスを食べて、弟に金をやって、それからこの店を出る。外へ一歩出たら、何もかも忘れる。そうするしかないんだよ」
「でも、猛は──」
「言っただろう。弟はもうあんたの手の届かない所にいるんだ。──これが世の中ってものさ」
 宗方は立ち上ると、充代たちのテーブルの伝票を取って、「ここは払っておく。なに、礼はいらない」
 そして、足早にレジへと向った。
 充代は弟を見つめた。もう遠くに行ってしまったように思えた。
「──三十万あるわ」
 と、充代は封筒を置いた。「今はこれしか……」
「いいよ。ありがとう」
 猛は封筒を上着の内ポケットへしまうと、「じゃ、俺、行くよ」
「猛。──連絡して」
「落ちついたらね」
 そう言って、猛はニヤリと笑うと、店を出て行った。
 充代はしばらく目の前のハヤシライスをじっと見ていた。
 ウェイトレスがそばを通って、
「召し上らないんですか?」
「え?」
 注文したものは食べるのが礼儀……。
「いえ、いただくわ、もちろん」
「ごゆっくり」
 充代は、大分冷めてしまったハヤシライスを、ゆっくりと食べ始めた……。

▶#5-3へつづく
◎第 5 回全文は「カドブンノベル」2020年10月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年10月号

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