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連載

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」 vol.9

【連載小説】恩師との再会を願い、香は怪しげなビルに入っていくが……。 赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#3-1

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。



前回までのあらすじ

天本有里が映画のプレミア会場で倒れた女性・香を見舞いに行くと、香は高校時代の恩師・宮里を頼りに上京したところ、宮里がアパートでAVを撮影しているのを目撃したという。香の鞄には切断された指が入っており、宮里の所で入れられたと睨む有里と村上刑事はアパートを訪ねるが、建物は放火で燃えており、香も病院から姿を消していた。一方病気で入院する妻の治療費を稼ぐためAV業界へ入った宮里は、太田充代という女性と一緒に暮らしていた。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

4 秘めた夜(つづき)

 TVドラマなどで見る、いかにも大都会という感じの超高層ビルとは、およそ縁遠かった。
 少しくすんだ印象のある商店街は、うちかおりの故郷の町のそれと、あまり違わなく思えた。
「あ……。このビル」
 足を止めて、四階建の古ぼけたビルを見上げた。
 ビルの中へ入ると、薄暗くて足下もよく見えない。エレベーターのボタンを押すと、ガタガタと音をたてて扉が開いた。
「ここの……三階ね」
 メモを何度も確かめて、〈3〉のボタンを押した。
 あのコンビニで教えてもらった電話番号にかけると、〈Kビデオ制作〉という会社につながった。
 みやざとに連絡が取りたかったのだが、電話も住所も教えてくれなかった。その代り、
「夕方にはここへ来ると思うよ」
 と、電話に出た男性に言われて、このビルへやって来たのだ。
 ゆっくりしたエレベーターが三階でとまる。
 三階にも、会社が三つも入っていて、〈Kビデオ制作〉はその一つだ。
 文字のはげかけたプレートがあった。──あまり気は進まなかったが、せっかくここまで来たのだ。宮里に会えれば、という思いだけだった。
 そっとドアを開けて中をのぞく。
「あの……すみません」
 と言ってみたが、返事はなかった。
 中へ入ってみると、机が二つと、戸棚が並んでいるだけ。
 誰もいないのかしら……。
 香が戸惑っていると──何か、息づかいのようなものが聞こえた。
 少し奥へ入って行くと──。戸棚のかげに長椅子があって、そこに男が一人横になって眠っていた。
 ジャンパーにジーンズ、まだ若いのだろうが、くたびれ切った印象だった。
 電話に出た人だろうか?
 でも──話しかけたくなる相手でもなかった。香は外で待っていよう、と思った。
 ここへ宮里が来るとしても、ビルの入口で待っていれば必ず会えるだろう。
 そう決めて、部屋を出ようとしたとき、ドアが外から開いて、香はびっくりした。
「──何だ」
 と、その男は言った。「誰かいねえのか?」
「あの……奥に……」
 派手なピンクの上着、赤いシャツ。どう見ても、まともな仕事をしている風ではなかった。その見た目だけでなく、冷ややかな目つきに、香はゾッとした。
「──兄貴ですか」
 奥で寝ていた男が欠伸あくびしながら出て来た。
「あれ? この娘、いつの間に?」
「あの──失礼するところだったんです」
 と、香は言って、出て行こうとしたが、
「そうあわてて出て行かなくてもいいじゃねえか」
 と、「兄貴」と呼ばれた男が香の前を遮って、「ビデオに出たくて来たんだろ?」
「いえ……。私、宮里先生に会いに……」
「宮里先生? ──おい、『先生』なんて、この会社にいたか?」
「宮里さんのことですよ。あの人、以前はどこかの先生だったらしいです」
「へえ、あいつがね。──ともかく、逃げることはないだろ」
 香は腕をつかまれて、奥の長椅子へと引張って行かれた。
「やめて……。放して下さい」
 と言ったが、弱々しいつぶやきにしかならなかった。
「なかなかいい子じゃねえか。ここのビデオに出してやるぜ」
「私はそんなこと……」
「もったいぶるなよ。男を知らねえわけじゃないだろ?」
 香は胸を突かれて、長椅子の上に倒れた。
「カメラがあったら、撮ってやろう」
 男は上着を脱いで、香の上に馬乗りになると、「リハーサルだ」
 と笑って言った。
「やめて下さい!」
 香は身をよじって逃れようとした。
「おとなしくしてろ!」
 香は平手打ちされて、目がくらんだ。恐怖で動けなくなった。
 若い男が、ビデオカメラを持って来て、
「撮りますよ! ちょっと暗いけど」
「なあに、リアルでいいだろう」
 男が香の上に覆いかぶさる。
「──何してるんだ?」
 と、声がした。
「誰だ? 邪魔するなよ。いいとこなんだ」
「いいところか。──もっといい所へ連れてってやるぞ。留置場へな」
むらかみさん!」
 と、香が言った。
 村上が警察手帳を見せると、男はあわてて香から離れた。
「ちょっとふざけてただけですよ! おい、また来るからな!」
 上着をつかんで逃げて行く。
「兄貴! 待って下さいよ!」
 若い男も、後を追って行ってしまった。
「大丈夫か?」
 と、村上がく。
「はい……。ありがとう!」
 香は今になって青ざめていた。
「良かったわ、私たちが来合せて」
 と、が顔を出す。
「有里さん……。ごめんなさい、勝手に病院を出てしまって」
「あのコンビニで訊いたの? 私たちも電話番号で場所を調べて」
 と、有里は言った。「あなたは宮里さんに会いに来たのね?」
「ええ、夕方にはここに来ると言われたので……」
 村上はごみごみした事務所の中を見回して、
「かなり怪しげだな。アダルトビデオを作ってるんだろうが、その宮里って人、どうして教師からこんな仕事に……」
「分りません。──相手にされなくてもいいんです。私が勝手に上京して来たんですから。でも、一度ちゃんと話したい」
「気持は分るがね──」
 と、村上が言いかけたとき、ドアの開く音がして、
「誰かいるか?」
 その声を聞いて、香は飛び立つように、
「先生!」
 と、ドアを開けたまま立っていた宮里へと駆けて行った。
「──矢ノ内。どうしてここが分った?」
 と言ってから、宮里は、村上と有里へ目をやった。
「宮里さん。警察の者です」
 と、村上が言った。「〈めいふう荘〉の火災について、伺いたいことがあります」
 香はうれしそうな表情から一転、不安げに宮里と村上を交互に見た。
「先生──」
「待ってくれ。刑事さんの用は待ってくれないだろう。お前、どこか泊る所はあるのか?」
「いえ……。でも……」
「金は持ってるか? 安く泊れる所を──」
「大丈夫です」
 と、有里が言った。「矢ノ内香さんは、私の家でお預りします」
 ──そのころ、あまもと家で母のふみがクシャミをしていた──かもしれない。

▶#3-2へつづく
◎第 3 回全文は「カドブンノベル」2020年8月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年8月号

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