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レビュー

光の角度——モデル・浜島直子が『半逆光』を絶賛!「いつの間にか彼女たちと一緒に深海を泳いでいることに気がつく」

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(評者:浜島 直子  / モデル)

 この不快感はなんだろうと考えたとき、過去のある光景がよみがえってきた。
 以前知人の家にお邪魔したとき洗面所で手を洗っていたら、部屋の隅にあったゴミ箱の蓋が外れて床に落ちていた。拾って元に戻そうとしたところ、ゴミ箱の中身が目に飛び込んできた。使用済みの汚物が丸見えの状態で捨てられていた。
 見てはいけないものを見てしまった。ざらりとしたものが喉を通る。
 それは、まるで誰にも知られていない深海の砂を飲み込んだときのような、確かに存在するけれど、普段見ることのできない世界の裏側を自分だけが覗き見てしまったような、秘め事を一つ抱えたときのような、不思議な感覚があった。
 深海は誰にでも存在する。
 この本に登場する二人の女性も、自分ではどうすることもできない圧倒的な波にのまれ、奥へ奥へと運ばれていく。
 北海道の田舎から出てきた玲季にとっては、儿の纏う空気が東京そのものだったのではないだろうか。洗練された振る舞い、自分の知らない知的な言葉、整った顔立ち、そして儿を通して描くこれからの自分の未来。
 発する太い声も秀でた額も、まるで儿が買ってくれた辞書のように、ただ触れるだけでそこには果てしなく美しい世界と快楽が広がっていて、儿の全てが新しい自分に導いてくれるパスポートだったのではないだろうか。
 二人の息子の母として日常を邁進していた香菜子もまた、夫の秘密の深海にひたひたと沈んでいく。健全な日の光を散々浴びて暮らしてきた香菜子にとっては、そこはあまりにも暗く冷たい。
 しかし読み進めていくうちに、香菜子はただ単に、その世界の冷たさだけに絶望しているわけではないことを感じる。外の影響だけで内の世界が揺れるほど純粋無垢な女の時期は、とうに過ぎ去っているからだ。
 香菜子の真の絶望は、「母」という名目のもと日常をスムーズに運営することに必死なあまり、人生ののりしろ部分が圧倒的に足りないことに気づかされることではないだろうか。のりしろが足りず、完璧に組み立てたと思っていたものがぐらりとゆっくり倒れていくさまは、むしろ香菜子自身が心の奥底で望んでいたことなのではないかとすら感じてしまう。
 二人の女性の変化を目の当たりにし、理性の強さは社会との繋がりと比例するとつくづく考える。もし私が玲季だったら。香菜子だったら。
 やはり動物の温もりに救われ、嘘がつけないその眼差しにすがり、理性を保っていただろう。そして友人に打ち明け、他人事のように客観視し、理性と味覚を取り戻していたと思う。
 誰かのせいにしたり、誰かを非難したりしているときはその相手にすら依存しているのではないだろうか。自分の世界を自分の力だけで満たすことができず、自分と社会とのパイプの乏しさを粛々と呪い、自分の放った言葉でまた自分の首を絞めていく。人のせいにしているうちはまだそこから抜け出せない。
 誰かを喜ばせたいと思う気持ちは自分を奮い立たせ、悲しませたくないと思う気持ちは自分を冷静にさせる。
 その「誰か」は、玲季にとって、香菜子にとって、そして私にとっては誰なのだろうと、いつの間にか彼女たちと一緒に深海を泳いでいることに気がつく。そこは息もできないほどの苦しさと、確かに今生きている証が同時に存在している私の世界の裏側。それは、誰にでも存在する。
 彼女たちそれぞれの視点と、玲季が書く小説での視点。それが交差しながら進んでいく展開が巧みで、その後彼女たちがどんな角度から光を受け、または放ちながら人生を歩んでいくのか、本を閉じた後ゆっくりと考える私の海は、なぜかとても穏やかで心地がよかった。


書影

谷村志穂『半逆光』
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
※画像タップでAmazonページに移動します。


谷村志穂『半逆光』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000289/


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