自分が世界の中心でないということが、苦痛で仕方がなかった。物語のように、起承転結があること、伏線が回収されること、全然望めないのが苦痛だ。自分を傷つけた人間が、罰を受けることなどないし、努力をしたって報われない。そういうときに羨ましくなるのは、物語の中にいる「主人公」たちだった。嫉妬している。かならず終わりが来る、彼らの悩みなど、自分とは無縁のものだと思う。理不尽さはかならず回収され、カタルシスが生じる。そんな人たちに共感などできない。でも、そのぶんだけ、彼らは自分の理想を体現している。
 誰にも邪魔をされたくない、絶対的な力がほしい、他人の感情の起伏になんか、巻き込まれたくない。
 傲慢だと思う。でも、本当はそう願っていた。努力が報われないことを、恨みながら、努力が必ず花開く物語の中の主人公を見ながら、本当はそう願っていた。努力とか関係なく圧倒的な力が欲しいのだ。世界すべてを覆すような存在で、ありたかったのだ。こんな傲慢な気持ち、恥ずかしくて、そうして、そんな理想を口にする暇もないほど、現実は理不尽にまみれていて、だから、直視などしなかった。欲求すべてをすりつぶして、なんとか社会に適応している、いい人になろう、なれなくてもせめて無難な人にはなろうと、必死だった。そんな自分に麻痺をして、いつか他人の傲慢さに苛立ったりもするのだ。自分のこと、世界の中心だとでも思っているんじゃないの。そう、つい頭によぎる、そのとき、わたしは自分の体を見失ったように、居心地が悪い。自分だって、本当は、そうでありたかったくせに。
 他人が何を思っているのかわからない。でも、他人も同じように生きていて、私と同じぐらいいろんなことを考えている。都合とか、事情とかがあり、それをすべて打ち明けられるわけでもない。互いがすべてを理解することはできず、完璧な思いやりなどできるわけもないのに、相手の態度に人は傷ついてしまう。麻痺することはできるけれど、平気にはなれない。そうやって、嫌われていく。嫌われたいなんて、思ったわけじゃないのに。優しくしたつもりなのに。あいつは冷たい、と言われてしまう。
 理不尽だ、世界の方が、わたしより。だから、わたしだって、本当は理不尽でいてもいいはずなんだ。
 それでも力がなくて、技術もなくて、うまく相手にアピールもできなくて、いい人のふりをするほうが楽で、バランスを取るためだけに態度を変える。そういうことが「賢さ」だという世の中に染まりきって、私は自分の「理不尽さ」を、悪と定めて殺してしまった。
 世界を私の瞳で観測すれば、私を中心に広がって見えることは当然なのだ。自分が生きているのだから、自分の人生において、自分は主人公である、普通のことだ。みんな傲慢だから、みんな衝突するんだし、正論を唱えたって、教室すら静かにはならない。
 主人公ちゃんはずるい。十代の頃、物語を追うことが苦痛だった。主人公はなんだかんだで、努力が報われ、優しさを誰かに気づいてもらい、愛が誰かに伝わったりする。よかったね、とカタルシスを感じながら、自分が置き去りにされているような、感覚になった。設定とか世界観とか、そういうことよりも、まず物語という「終わりがあって」「つじつまがあう」ような、構造がそもそも非現実的にみえる。愛とか努力とか夢とか優しさとか、なんだかんだいいものとして描かれるのが非現実的。私にはあれらは無味無臭に見える。あったところで何かが変わるなんて稀だ。そういう現実に、本を閉じれば、ひとり、放り出される。私のことを、主人公だと思っているのは、私一人だ、っていう、そんな現実へ。
 涼宮ハルヒシリーズを知ったのは、そんな時期だった。
 どうしようもなく、いたたまれなさがあった。それは、自分の欲求が見透かされているような気がしたから。主人公のように、認められたい、活躍したい、努力をして、立派に成功して、好かれたりしてみたい。でもその奥に、どうしようもないことの苛立ちや、悲しみで、世界を巻き込みたいとも思っていた。どこかで、「神様」みたいになりたいと、思っていたのかもしれない。そのことすら見透かされたように感じた。ハルヒの苛立ちや、憂鬱によって、暴力性が発露する。それに巻き込まれる人々がいるのに、彼女は無自覚で、その無自覚さもまた、私にとっては「図星」だった。誰にも非難されずに、罪悪感なんて持たずに、絶対的な力を持っていられたら。けれど、ハルヒは自分の力のことさえ知らず、憂鬱すら抱えている。彼女に憧れるたび、同時にこれまでにない、安心感がそこにはあった。どこまでも世界の中心で、どこまでも「主人公ちゃん」らしくある、彼女が、普通の学生のつもりで、普通の日常を生きているつもりで、普通の憂鬱を抱えている。そのことに、私は惹かれていたんだ、彼女の力に巻き込まれる人々、最悪な出来事、それらを解決するのが、ハルヒのそばにいた「普通の人」であることにも。どんなに日常の理不尽さに苦しんでも、私は、結局、日常の中での幸福を願っていて、あがいているだけなんだろうか。そう、気付かされた瞬間だった。

書籍

『涼宮ハルヒの陰謀』

谷川 流

定価 648円(本体600円+税)

発売日:2019年04月24日

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