本格原理主義者。
 ここ数年、わたしたちの年代のミステリ作家仲間のあいだでは、北村薫さんをこの尊称でお呼びするという習慣が定着してしまいました。なぜそういうことになったのかという経過については、綾辻行人さんの対談集『セッション』(集英社)や大沢在昌さんの対談集『エンパラ』(光文社)のなかに収録されている北村さんのトークと語録を参照していただくのが、いちばん正確かつ手っ取り早いと思いますので、ここでは長々しい説明を避けます。が、「原理主義者」なんていうと、即「テロリストだ!」(笑)と思ってしまわれると困るので、北村さんは確かに本格原理主義者ではあるけれど、だからと言って推理作家協会の要人を誘拐したり、協会書記局で爆弾テロを起こしたりはしていませんし、今後も一切する気遣いはありませんから、ゆめゆめ誤解のありませんよう――とだけ申し上げておきます。
 今回、角川文庫に初お目見えとなりました本書『覆面作家は二人いる』からスタートした「覆面作家シリーズ」も、本格原理主義者がものするのにふさわしい、正統的な本格推理小説であります。このシリーズは、北村さんのデビュー作『空飛ぶ馬』で登場した、噺家の春桜亭円紫師匠と女子大生の「私」の名コンビに次ぐ二番目のシリーズということになりますが、お嬢様の千秋さんと、彼女の担当編集者良介氏のコンビは、登場した途端に、円紫師匠と「私」のコンビに匹敵する人気を獲得しました。北村さんはもうひとつ、『冬のオペラ』(中央公論社)で登場した〈名探偵〉かんなぎ弓彦と姫宮あゆみという名コンビをも擁しておられ、同業者としてのミヤベは、ため息をつかずにはいられません。北村薫氏は、どうしてこう次から次へと魅力的なシリーズキャラクターを創造することができるのだろう? 北村さんの書斎には、どんな妖精が隠れているのだろう?
 実は、本書の解説を書くことをお引き受けしたときには、現時点でのミヤベが思う「北村薫小論」みたいなものを、ちょっと書いてみたいなあ……などと目論んでおりました。もちろん、評論にはまったく素人のミヤベでありますから、「論」と言っても、熱心なファンのひとりとしての北村作品に寄せる想いを書き綴るだけのものになるわけですけれども。
 ところが、本書のゲラ刷りを手元にいただく前に、国書刊行会から出版された『本格ミステリの現在』という評論集を読みましたところ、そのなかに、加納朋子さんの手になる大変優れた「北村薫論」が収録されており、その内容に、深くうなずき感動するところが多々あったものですから、これはもう、今さらミヤベが書くまでもあるまいと、気持ちを切り替えることにいたしました。
 さらに、本書が角川書店の本であるということにも、ミヤベは思いを至しました。角川書店と言えば横溝正史賞を主催する出版社。しかも、わたくしミヤベは、光栄なことに、昨年度からこの横溝正史賞の選考委員を務めさせていただいております。もちろん、ひとりで務めてるんじゃありませんよ。選考委員は四人おりまして、他のお三方は、内田康夫さん、綾辻行人さん――そして、本書の著者北村薫さんです。
 そこで、ミヤベは丸顔と丸い頭で考えたわけであります。今回、『覆面作家は二人いる』の解説をお引き受けしたのは、千載一遇の機会だ――北村さんの愛読者には、今さら解説文など不要だし、これから愛読者になるという人にも、作品の本編さえ読んでもらえれば余計な解説なんか要らないんだし、ここはひとつ思い切って、対象読者を絞って――そう、今回の解説は、「北村薫氏の、前述した三つの本格推理小説のシリーズ作品を読み、感銘し感動し、このような作品を書きたいと志し、北村薫氏に読んでもらいたいと思って横溝正史賞に応募しようと思っている方」向けに書いてみたらどうだろう? 実際、北村さんが開いたミステリの新しいドアは、多くの新しい書き手を差し招いてきましたし、これからずっともそうでしょう。ですから、ミヤベがここでこういう試みをするのも、まるっきり無駄ではないかと――
 と、口上は勇ましいですが、実は、大したことは書けないのですね。
 なぜならば、理由のひとつに、ミヤベ自身は、逆立ちしても北村氏の生み出しておられるような美しい本格推理小説を書くことができない――ということがあります。また、ミヤベは本格推理小説の洗礼を受けるのが遅かったので、本格が好きだけれど、原理主義者のピュアなハートは持ち合わせることができずにいる――ということもあります。
 それなら、威勢のいい口上なんか言うんじゃないよ! と叱られそうですが、そこはまあ、お立ち会い、ちょっと聞いてくださいまし。
 ミヤベが思うに、円紫師匠や、千秋さんや、巫弓彦のような名探偵を創造し、「私」や「良介」や「あゆみ」のような優れたワトソン役を配置して、深い謎とその解決を綴った物語を書いてみたい――そういう衝動に突き動かされ、筆をとるとき、あるいはパソコンやワープロのスイッチを入れるとき、たったひとつだけ、でも絶対に忘れずに、思い出さなければならないことがあるのです。
 それは――その作品を創りあげるあいだじゅう、可能な限り、力の及ぶ限り、「親切」であるように心がけるということ。
 それは誰に対しての「親切」か? 無論、登場人物のひとりひとりに対してです。主役はもちろん、脇役のどんな小さな役回りしかない人物に対しても、作者は親切でなくてはならない。丁寧でなくてはならない。言葉足らずであってはならない。
 自身の創作物のなかにあっては作家は神であると、よくそう言われます。でも、すっかりその気になって「神だ!」とそっくり返っていたのでは、創作物は出来上がりません。作家はむしろ、作品という舞台劇の脚本家兼演出家なのです。「名探偵」の役を振り当てた役者には、どうしたら名探偵になれるか、一緒になって役作りをしてあげなければなりません。「被害者」役の役者には、殺される場面ばかり熱心に演出するのではなく、それ以前のささいなシーンでも、彼または彼女の人生が浮かび上がってくるように、立ち位置から台詞回しまで、丁寧に考えてあげなければなりません。脚本と配役表を渡しただけで、後はてんでに工夫して役作りをしろとか、俺が「お前は名探偵だ」と言ったらお前は名探偵なんだから、役作りなんかしなくていいとか、そんな乱暴なことでは、創作物は死んでしまいます。もっともっと、親切に、まめにならなくては、演出家=作家は務まりません。少なくとも、観客=読者が喜んでくれる芝居を打つことは難しいでしょう。
 あるいは、親切になることはあたかも「甘い」ことで、そんなことでは自分の志はまっとうできない、親切=妥協だと思う方もいるかもしれません。いえ、断じてそんなことはない。その見事な証拠が、北村薫さんの作品群なのですから。
 本格原理主義者の強固な意思と、きめの細かい親切さ、行き届いた気配り。そのふたつが揃って、北村薫の本格推理ワールドをつくりあげています。これが二本の柱なのです。北村さんに憧れて筆を持つミステリ作家志望の皆さん、どうぞ、このことを心の真ん中に刻んでください。きっと効き目はあるはずです。なぜならば、今これを書いているミヤベもまた、仕事に行き詰まったときなど、北村作品に触れることで、あたかも初心に返るように、このことを心によみがえらせ、元気づけてもらっているのですから。

※この解説は一九九七年刊行の角川文庫『覆面作家は二人いる』に収録されました。

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※この記事は 9 月 17 日(火)までの期間限定公開です。
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