「いいえ、わたくし自身のためです」
 昼間も月は空にある。隠れているわけではない。ただ、探そうとしないから、眼に入らないだけだ。
「志津乃さま」
 平八が掏摸を押さえつけながら、志津乃を見上げる。
「せっかくの雛の市ですもの。男雛を捜しに」
 志津乃は、そういって微笑んだ。

「昼月――立原志津乃」

〝昼月〟の比喩で志津乃の心の内を照射し、〝男雛〟で探索行の始まりを示唆する見事な描写である。死の謎を追うプロセスに、志津乃と蒼馬の恋愛ドラマを注入することで、二つの動線が補完しあう構成を考案したのである。幕開けに「昼月――立原志津乃」を置き、終幕に「葵の月――坂木蒼馬」を置いたのも物語に厚みを加える狙いである。奥行の深さに加え間口も広くなり、読者は物語に没頭することになる。
 第三の特徴は、〝月〟をモチーフとしていることである。この理由について前掲のインタビューで次のように答えている。
そうです。最初に浮かんだのが、本のタイトルにもなった「葵の月」です。葵は徳川家の家紋として有名ですが、六月を表すものなんですね。そこから派生させて、「月」が関係する言葉を選んでいきました。主人公が抱えている苦悩を「月」で表現するのは楽しい作業でしたし、「月」が付く言葉を探していて、人物像を作ったこともありました。月には「陰」のイメージもあるので、主人公たちの影の部分が次第に明らかになる物語には、向いていました。

書籍

『葵の月』

梶 よう子

定価 778円(本体720円+税)

発売日:2019年03月23日

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    書籍

    『お茶壺道中』

    梶 よう子

    定価 1836円(本体1700円+税)

    発売日:2019年03月04日

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