著者の安達瑶とは、「安達O」(男)と「安達B」(女)の男女2人の合作ペンネームである。
 何よりもまず解説しておかなければならないのは、このうちの一人、安達Oは映画人だった、ということだ。

 彼とはもう、出会いの最初から数えると四〇年の付き合いになる。私は彼とは、日本大学藝術学部映画学科で同期だった。同期なのだが、彼のほうが若干年上だった。彼はすでに他の大学に入学して何年かそこにいたのだが、どうしても映画の道に進みたいと、受験し直してやってきたのだった。それほど「映画」というものに入れ込んでいた彼だった。
 映画学科の中では、アニメーションを志す私は「映像コース」におり、映画作りのど真ん中を目指す彼は「監督コース」にいた。専攻コースが異なるので、そのままでは出会いは起こらなかっただろう。
 だが、彼は、正規の授業の中で課題作品として映画作りをする機会が来るのを待ちきれず、仲間を集めてそれぞれ自主制作で8ミリ映画を撮り、それらを集めて、一般向け有料上映会を開こうとした。その催しに出品される映画の冒頭に、上映サークルとしての共通のタイトルをつけたい、ということになり、それを作ってくれないか、と私に持ちかけてきた。止めの一枚タイトルではなく、動くのを作ってくれ、という話だった。
 その次には、彼は16ミリ映画の自主制作を行った。私もいつの間にか仲間内に入っていて、助監督についたり、ちょっとした作り物を作る美術のスタッフをした。さらにその次に彼が大学三年生の課題実習として監督する映画でも、同じように助監督や美術として加わった。
「映画の中にタクシーを出したい。車は普通の乗用車を借りてきたから、あとはなんとか」といわれれば、屋根の上につける行灯あんどんを作り(ナイトシーンだから電飾も必要だった)、「砂漠の中に建つ、核シェルターの出入り口が欲しい」「核シェルターの中にあるコンピュータも必要」などという注文にも応えて、装飾も、操演も手がけた。
 あちこちに出かけるロケーション撮影にもついていったし、三年生実習の課題制作のときは、何ヶ月か彼のアパートに住み込んだりもした。学内のスタジオにセットを建て込んだときも、そこにも入り浸った。カチンコはへたくそなのでほとんど叩かせてもらえなかった。
 私ごとながら、自分の作るアニメーションには、実写的な画面作りの考え方がはっきり入っていると思う。例えば、ライティングの考え方などに。
 だが、映像コースにいる私には、大学の授業の中で実写映画作りの実際に触れる機会がなかった。そうしたことのほとんどには、監督コースの安達Oの作品作りを手伝う中で、触れた。彼はまた基本に忠実な男で、おかげで彼が習った実写撮影の技術を、間接的に伝授してもらえるよい場になった。

 あんなにつき合った三年生実習の課題映画は、出来上がった姿を見ていない。その完成よりも前に、私は本物のアニメーションの制作現場に潜り込んで、働き始めていた。なので、彼の四年生の卒業制作についても詳しくは知らない。
 卒業後しばらくして会った彼は、「今は市川いちかわこん監督の助監督になっている」といった。とても良い話だと思った。
 それからはしばらく音信も途絶えた。アニメーションの現場のことについては、学生時代の安達Oも、
「な、アニメーションの人たちって、死ぬまで働くんだろう?」
 などといっていたのだが、さすがにそれほどではなくとも、毎日机にべったりしがみついて、世界が狭くなってゆく業態には違いなかった。
 ずいぶん時間が経ってから、彼に再会した。同じく同期生で、脚本家になって早世した野沢のざわひさしの命日に、かつての同期の仲間で墓参りをしよう、という知らせが来たのだった。
 久しぶりに会った彼は、「安達O」になっていた。つまり、映画業界から足を洗って、小説家に転じ、共同ペンネーム「安達瑶」の片割れとしてもう十年以上もがんばっている、とのことだった。
「映画は?」あんなに大事にしていた映画なのに。
「うんー、市川さんの横にいてわかったんだけど、映画監督ってさあ、帝王でなきゃならないんだよ。自分は帝王にはなれないと思ってさあ」
 思えば、彼は大学生として映画を撮っていた頃にも、ちょっと勘所の悪いカメラマン(同じく同期生)と組んだとき、
「いや、俺がファインダーのぞいて構図決めたり、ってことは出来ると思うんだよ。でも、監督がそれをやってしまったら、カメラマンの存在はなんだってことになるんだろう」
 と、考え込んでいた。たしかに彼は、そういう奴だった。
 それから、大学の校舎が近々建て替えになるから、その前にまだ学部に置きっぱなしになってるはずの自分たちの映画のフィルムを見つけ出しに行こう、ということになった。学部でフィルム編集を担当していた先生が、そんな昔のものもちゃんと、何一つ捨てないで保管してくれていた。
 映画学科の校舎に入れてもらい、ラボ缶(フィルム缶)がどっさり積み上げられているところに行って、ひとつひとつ確かめてみた。監督コースだった野沢尚の作品の缶もあった。「昭和五十六年」の十円玉が入っている缶もあった。この硬貨は、当時新品のピカピカだった頃にここに紛れ込み、以来ずっとここにあったものなのだ。
 積み上げてあるラボ缶を下に降ろす安達Oは、下にいる者に受け渡すときに「はい、渡すよ」と律儀に声を出していた。
 物を受け渡すときには、渡す方は「渡します」といい、受け取る側はそれをたしかに自分で手にしてから「受けとりました」という。それを聞いて初めて渡す方の人間は手を離す。受け取る側が支えないうちに手を離せば、物品は落下し、損傷する。安達Oは、映画学科で習いたての学生の頃のように、この基本動作に忠実だった。少し体重も増えて、髪も白くなったが、あの日の彼がいる。何一つ変わっていない、と感じた。
 
「小説を書いたんだけど、片渕に解説を書いてもらいたい」
 と、彼はいった。
「昭和三十四年の撮影所が舞台なんだ」
「なんでその年なの?」
「日本の映画の観客動員が、ピークを過ぎてマイナスに転じた年なんだ」
 下り坂に転じてなお、しがみつき、守ろうとする映画人の心持ち。
「場所のモデルはね、俺が昔働いててよく知ってるきぬたの撮影所なんだ。その頃にもあんまり変わってなかった」
 ゲラを読ませてもらった。ダビングの素材としてノンモン(無音)を録音するくだり。それはたしかに、あの学生の頃にもやっていたことだ。
 映画を無事に完成させるためには、多少の社会的不誠実すら行ってしまう心理。あるいは突拍子もなく感じられてしまうかもしれないその心持ち、それこそ、映画の作り手ならではのものだ。
 たしかに、映画人の魂が横たわっている。今なお、彼はそれを携えている。これは、そうした小説だ。
*本文中では「空気ノイズ」


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