テレビアニメ『涼宮すずみやハルヒの憂鬱』の放送が開始されたのは二〇〇六年四月のことです。つまり、私が「ハルヒ」と出逢ったあの衝撃から、もう十三年近い年月が経ったことになります。
 私の運命を大きく変えたといっても決して過言ではない、ハルヒとの出逢い。
 子役からスタートし、十四歳で声優を始めた私が、大学進学を機に本格的に声優業に取り組もうと決めたちょうどその頃、「こんなオーディションがあるんだけど、挑戦してみない?」と声をかけていただいたのが、すべての始まりでした。
 資料として購入した原作小説の表紙の、愛らしいけれどなんだか生意気そうな女の子と、ちょっと不思議なタイトルに首を傾げつつページをめくってみて、読後の第一印象は「こんな女の子、出逢ったことない!」。
 イラストの愛らしさに助けられる部分はありながらも、その傍若無人さといい、唯我独尊具合といい、こんな女性のキャラクターは今まで絶対にいなかったと思うほどの激しい個性に驚いてしまったのです。
 こんな強気な子、私にできるかな。
 この頃声優のお仕事では、実年齢より年上の落ち着いた役をいただくことが多く、同年代の役というだけでも珍しいのに、ここまで突き抜けた役を目の前にすると、やってみたいと思う気持ちもありつつも不安の方が大きかったのを覚えています。
 なにせ、当時の私はハルヒとは真反対のタイプで、普段の生活のテンポだってどちらかというとみくるちゃんに近いのです。ハルヒのあのスピード感を表現できるのかどうか……。臆病な自分から脱却しようとオーディションに挑み、合格したと聞いた時は、自分の予期せぬ何か大きなものが動き出した予感がありました。
 言うまでもなく、アニメは声だけで表現するものではありません。絵や演出、音楽などあらゆる要素が重なり合っていて、声優はその最後の部分を任されるわけですから、やはり責任は重大です。
 私なりにハルヒにとって一番大切なものは何かを考えました。
 ハルヒがハルヒであるために大切なこと。
 それは常に「楽しい」と心から感じること。
 ハルヒはみんなを振り回している時はもちろん、不機嫌な時でさえ、心の中ではどこか「楽しい」のです。「いやだ!」と言ったことによって起こるなにかに期待しているのです。
 キョンが怒っているのを見るのも楽しい。騒動になって、みんなが右往左往するのも楽しい。ハルヒの無意識にはそういう部分があると思います。
 そして、それはたぶん、私たちが失っていく部分に重なっているのです。
 子どものうちはわがままを言いたい放題言えるのが、成長するにつれて色々知り、学んでいくうちに、「あ、ここは引かなきゃ」「我慢しなきゃ」というのを覚えていく。
 それが大人になるということでもあると思うのですが、つまりハルヒの「わがまま」は、誰もが心の中に持っているけれど口には出して言えないものの、一番象徴的な部分なのかもしれない、と思うようになりました。
 ですが同時に、ハルヒという女の子は、誰かに認めてほしい、自分をわかってくれる誰かと一緒にいたいという気持ちもとても強い。本当はすごくさびしがり屋なのでしょう。それに、根は素直ないい子です。育ちが良く、品があり、頭が良いから、思いつきで行動しているように見えて、案外しっかり考えていたりもします。
 譲れない想いがあるがゆえに、孤立してしまいがちになる。
 こういう性格、生きづらいですよね。でも彼女はもがくんです。
 ハルヒの、ふとした本音がこぼれたのが、テレビアニメの十二話「ライブアライブ」(原作では『涼宮ハルヒの動揺』に収録)。
 文化祭で軽音楽部のステージにピンチヒッターで出演し、見事ライブを成功させてメンバーから感謝されたハルヒは、いつもの彼女らしくない反応を示します。
 そしてつぶやく、あるひと言……。
 未読の方もいると思うので、どんな言葉かは伏せておきますが、あれにハルヒという女の子の本質が込められています。
 アフレコの際、監督に「あのセリフで、ハルヒを掴んだかどうかがわかる」と言われていました。
 ものすごいプレッシャーだったのですが、ようやく見せてくれた彼女の素顔に勇気をもらい、演じきることができました。彼女の強さにどれ程助けられたかわかりません。
 ハルヒの魅力は、とても普遍的なものなのだと思います。
 誰しも、大なり小なり人生において後悔があると思うのですが、「とりあえず、どんとやってみなさいよ!」と背中を押してくれるのがハルヒという子です。今回のリニューアル文庫化で、そんな彼女の魅力がより多くの方に伝わるとしたら、私としてもとてもうれしいことです。
 もちろん、キャラクターを中心に読まなくても、十分楽しむことができる作品です。
「学園ものでしょ」「ラノベはちょっと」というように、ジャンルで敬遠しているとしたら、それはもったいない限りです。ハルヒには、「物語」のあらゆる要素が詰まっているのですから。
 作中のエピソードの中には、並行世界の存在を示唆するものがあります。ミルフィーユのように重なる多くの時間のひとつひとつに物語があり、今、小説として発表されているのは、その中のごく一部。谷川たにがわ先生の脳内には、まだまだたくさんの物語があるのでしょう。
 私たちはその壮大な流れのほんの一部を見たに過ぎません。けれど、ハルヒはどんな世界にいても、私たちに元気をくれる絶対的な存在であり続けるのでしょう。
 今の私があるのはハルヒのお陰。作品的に言えばハルヒは私にとっての『創造主』であり、平野綾の恩人です。

取材/門賀美央子


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※この記事は、6/28(金)までの期間限定公開です。

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谷川 流

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発売日:2019年03月23日

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