京極夏彦『虚実妖怪百物語 破』(二○一六年十月、KADOKAWAから刊行)、お待ちかねの文庫化である。
『虚実妖怪百物語 序』『虚実妖怪百物語 急』も同時に文庫化されるので、よもや勘違いする読者はいないと思うが、念のために記しておくと、本書は「序」「破」「急」の三冊から成る『虚実妖怪百物語』の二冊目である。某人気アニメーションの劇場版のように「序」「破」の次が「Q」になった(しかもそこで完結しない)という例もあることはあるが、通常「序」「破」「急」と続けば三部構成なのであり、本書もまたその例に洩れないのである。
 既に「序」をお読みの方はご存じの通り、この物語は、いない筈の妖怪が日本各地で目撃されるようになった社会を舞台としている。それらの現象に翻弄されるのは、実在の小説家、妖怪研究家、編集者など。そんな中、妖怪・朧車おぼろぐるまが新幹線を停車させたのをきっかけに、社会は反妖怪へと大きく転回する。妖怪を扱った雑誌は休刊に追いやられ、人心はどんどん荒廃してゆく…という不穏な情勢で「破」へと突入するのだが、その先の展開は実際に読んでのお楽しみだ。ここでは、『虚実妖怪百物語』というタイトルについて考察しておきたい。この七つの漢字のうち、「妖怪」はわかりやすい。作中に――それを妖怪と呼ぶかどうかは別としても――世の常ならぬモノたちがこれでもかとばかりに出てくるのだから。
 次に「百物語」である。言うまでもなく、日本古来の怪談会のスタイルのひとつであり、百話の怪談を語り終えると本物の怪異が出現するとされる。著者の小説で百物語といえば、『巷説百物語』(一九九九年)に始まる「巷説百物語シリーズ」が思い浮かぶ(このシリーズも本書も雑誌《怪》に連載されたという共通点があり、無関係とは言えまい)。そして、『巷説百物語』の第一話であり、戯作者志願の山岡やまおか百介ももすけ御行おんぎょう又市またいちたちと初めて出会うエピソードでもある「小豆洗い」と、作中の時系列ではシリーズ最後にあたる『のちの巷説百物語』(二○○三年)の最終話「風の神」の作中では、実際に百物語の会が催される。
 それに対し、本書では百物語が催されるわけではない。しかし、「巷説百物語シリーズ」で百物語がどのように描かれていたかをここで振り返ってみよう。「風の神」では、今では隠居して一白翁いっぱくおうと号している山岡百介が次のように語る。
 虚構(うそ)と現実(まこと)の真ん中辺りに、どっちつかずの場を作る。
 そうした呪術(まじない)が百物語です。
 (中略)
 ものごとは、かたることで物語になるので御座いますよ。
 そのモノガタリを幾つも幾つも重ねることで、現実そのものを騙りの場に移したり戻したりするのが、百物語なので御座いましょうね。
 モノガタリを幾つも幾つも重ねることで、現実そのものを騙りの場に移したり戻したりする――という手法は、過剰なまでにエピソードが積み重ねられる本書の小説作法にも通ずるものがある。どうやらここで披露されていた「百物語」観が、本書のタイトルの七文字のうち、残る「虚実」と関連していると見ていいのではないか。
 では「虚実」とは何を指しているか。本書にはかなり大勢の人物が出てくるけれども(名前のみ記される人物も含む)、彼らはほぼ実在している人物でもある。流石に水木しげる、荒俣宏あたりは(それなりに読書やTV視聴の習慣があれば)一般常識レヴェルの有名人と言えるだろう。その他の小説家や研究者らも、妖怪や怪談など、作中で言及される方面に関心がある読者なら知っていると思われる。問題は、一般の読者には名前を知る機会がなかなかない編集者だが、そんなに顔が広くはない私でも直接面識があったり、名前くらいは知っている人物が大多数であり、大体実在していると断言できる。
 仮に作中の人物を誰ひとり知らない読者であっても、《幽》元編集長のひがし雅夫まさおと、「急」から登場する妖怪推進委員会のあずま亮太りょうたという、読み方こそ違えど同じ漢字の苗字の人物が登場する点から彼らの実在は推測可能だろう。普通、小説家はフィクションの世界に、血縁でもないのに紛らわしい苗字のキャラクターは登場させない。もちろん読者の混乱を避けるためだが、現実には同じ苗字の他人同士が身近にごろごろいる場合だって珍しくはないのである。
 そして、私と直接面識のある人物に限定して言えば、彼らの喋り方などの特徴を再現してみせる著者の筆致は神業に近い。読んだだけで私の頭の中で、「そうそう、KADOKAWAの似田貝大介氏ってこんな風に喋るよね」といった具合に、彼らの台詞が実在の彼ら自身の声で再現されるくらいなのだ。特に、小説家・平山ひらやま夢明ゆめあきの口調の再現は筆が乗りに乗っている。
 そして「破」には、著者の京極夏彦自身がようやく登場する(紛らわしいので、この先は本書の書き手たる京極夏彦を「著者」、作中に登場する京極夏彦を「京極」と記す)。著者はこういう風に自己認識しているのか、という観点で読んでも面白いが、この京極が作中で担う役割もまた興味深い。
 前巻「序」は、さまざまな奇怪事が起きたり、ひとが死んだりはしているものの、それらは主に登場人物たちを取り巻く、狭いとは言えないけれど広くもない環境で起きていたことだ。ところが、「破」に入ると、事態は社会全体を巻き込むほどに拡大している。誰もが妖怪の存在を認めざるを得ず、誰もがその騒動から無縁ではいられない。そんな状況にあって、作中の京極夏彦は徹底した怪異否定論者として登場するのである。まるで、現実の著者が書いてきた小説が、「京極夏彦」というキャラクターに凝縮されたかのように。
 著者の愛読者ならご承知の通り、デビュー作『姑獲鳥うぶめの夏』(一九九四年)をはじめとする「百鬼夜行シリーズ」に、具体的な妖怪そのものが出てくるわけではない。妖怪が引き起こしたかのような異常な事件は起こるものの、京極堂こと中禅寺ちゅうぜんじ秋彦あきひこの「憑物落とし」は、それらを合理的に解明し、事件に決着をつけ、関係者たちを妄念から解放する。また「巷説百物語シリーズ」は、事件を表向き妖怪の仕業として決着をつける裏稼業の人間たちの物語だ。『わらう伊右衛門』(一九九七年)などの「江戸怪談シリーズ」も、実際に幽霊の出現が描かれるわけではない。妖怪も幽霊も、あくまでひとの心の中にこそ生まれる。
 そうでありながら「妖怪小説」であり「怪談」であるところが京極作品の妙味なのだが、本書の場合、妖怪と呼ぶかは別としても、人智を超えた現象は、「序」の時点からさんざん描かれているのだ。そんな状況下、目撃者たちの証言に疑義を呈し、ことわりの枠内に落ち着かせようとする作中の京極は、「百鬼夜行シリーズ」の京極堂のセルフパロディを演じているようでもある。否、京極堂が著者の自己投影なのか。作中の京極が初登場時に発する台詞「この世に不思議なことなんかねえ」は、京極堂の決め台詞「この世には不思議なことなど何もないのだよ」を作者自らもじったのか、それとも京極堂の決め台詞が著者の世界観から生まれたのか――鶏と卵のどちらが先かという問いに似たこの疑問も、作中の虚実の境界を撹乱する。
 さて、既に述べたようにこの物語の登場人物は大部分が実在しているけれども、たとえ誰と誰が実在しているかなど知らなくとも、架空の存在だとすぐにわかるキャラクターも幾人かはいる。例えば、「序」と「破」の冒頭に登場した加藤かとう保憲やすのり。一世を風靡した荒俣宏の伝奇小説『帝都物語』(外伝を除き全十巻、一九八五~八七年)に登場する魔人であり、映画『帝都物語』(一九八八年)と『帝都大戦』(一九八九年)では嶋田久作が演じて当たり役となり、その後、著者も出演していた映画『妖怪大戦争』(二○○五年)では豊川悦司が演じた。また、作中に登場する政治家やアナウンサーも架空の人物だとわかるように描かれているし、著者の別の作品とのリンクを考えると架空と判断できそうなキャラクターも存在している。
 こうした実在と架空の人物が入り乱れる物語は、別に珍しいわけではない。そもそも『帝都物語』自体がそうだったし、京極夏彦がフィクションの世界に登場する小説にも竹本健治『ウロボロスの純正音律』(二○○六年)という前例がある。とはいえ、『帝都物語』の虚実ないまぜの趣向を踏襲したというだけの意図で、著者が実在の人物を大勢出したとも思えない。敢えて挑戦し、しかもタイトルに「虚実」と銘打つからには、そこには狙いがある筈だ。
 更に言えば、妖怪関係者への迫害に仮託された社会諷刺的な要素――敵役として権力者が登場するのは、本書のタイトルの元ネタのひとつであろう映画『妖怪百物語』(一九六八年)と共通するが、この映画における権力者=悪、貧しい庶民=善という構図は本書では完全に崩壊し、不純物を排した清潔な社会の実現を求める大衆の悪意がむしろ前面に出ている――も、本書のリアリティのレヴェルと関係があるのか否か、読者を戸惑わせるのではないか。こうした要素には、果たしてどんな狙いが篭められているのだろうか。
 …と、この解説では敢えて思わせぶりに書いてみたが、答えは完結篇「急」を読んでのお楽しみ。私は本書を「虚実」の二文字に着目する読み方で目を通したものの、結末は予想できなかった。さて、著者がこの長大な物語に篭めたうそまことの仕掛けを、読者はこの「破」の時点で見抜けるだろうか。

■書誌情報はこちら
>>『虚実妖怪百物語 破』
>>『虚実妖怪百物語 序/破/急』

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書籍

『虚実妖怪百物語 破』

京極 夏彦

定価 864円(本体800円+税)

発売日:2018年12月22日

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