「動くなー!」
 おれが、叫ぶと同時に、逆光でシルエットになった男は振り向きざまに発砲した。
 おれは、コルト・ローマン・357マグナムを6速連射した。撃ちつくすと、すばやく、スピード・ローダーでリロードして、再び、6連射。13発目に、ハンマーがカチンと音をたてた時、おれは静かにつぶやいた。
「初めまして、小峯です」
 シルエットの男はコルト・ダイヤモンドバックの銃口を少し上に上げると、ミドル・トーンの声で答えた。
「どうも、大沢在昌です」
(こいつ、本気でハードボイルドしてるぜ)
 シルエットの男がすっと、半歩下がると、光線の下に自分の顔をはっきり見せた。
(ウッ、おれより、カッコイイ)
 カッコイイ男はダイヤモンドバックをクルッと一回転させると、ズボンのベルトに収めた。
 おれも、負けじと、コルトをクルクルッと二回転させて、ヒップ・ホルスターに戻した。
 モデルガンの硝煙越しに大沢在昌はニヤッとハードボイルドっぽく微笑した。おれも、できる限り、カッコイイつもりで、スマイルした。
 これが、大沢氏とおれの初対面の時の事です。
 本当です。
 数年前、日本冒険小説協会で『大沢ヒット計画』とゆーもんがあった。電話で予告しておいて、モデルガンで襲撃するという遊びだった。当時、おれは大沢氏の大ファンであり、まだ会ったことが無かった。大喜びで、その計画に参加した。そして、上記の銃撃戦が六本木のビルの屋上で深夜に発生した。結果は背中を取って、声をかければホールドアップするだろーとゆー、甘い判断を下したおれは負けてしまった。ハードボイルドの作家は素早く、振り向いて撃った。作家が両手をホールドアップするのは、書けなくなった時だけである。
 それ以来、大沢氏と小峯の付合いがはじまった。おれにとっては、兄貴みたいであり、ファンである作家であり、とても、いいひとである。おれの夢としては、本業の編集者として、大沢氏の作品を担当してみたいもんである。
 しかし、御本人に聞いてみると、
「ウーン、解説でも書いててくれ」
 と言われ、担当をするという夢は、まだ実現していない。
 大沢氏の作品との最初の出会いは、1981年の初めに「なんか、JAPAN・ハードボイルドが読みたい」と思い、本屋に入って、某作家の『標的×××』を買った。世界一つまらない作品だった。その作家と本を357マグナムでブチ壊したい衝動を抑えながら、再び本屋に走った。その時の気持ちは、ソープランドに行って「社長! シロウト同然ですよ」と言われて、四十歳ぐらいのババァが出てきた時と同じである。
 クサレ本のあった横に同じ題名ぽいのがあった。『標的走路』。まー、こっちの方がましだろーと読み始めた。ブッ飛んだ。スゲーのである。
 それから、佐久間公シリーズ『感傷の街角』を経て、本書に出会った。スゴさは不変だった。
 なにがスゲーかというと“感性の問題”である。1955年以降に生れ、70年代の中頃以降に大学生時代をすごしている世代は、それ以前の世代と違う。
 こー書くと、「オッ、新人類だろ」と思われるだろーが、違う。新人類とは、小、中学校とイジめられ続け、一人でズーっとイジイジと考え事をしたり本を読んだりしていたおかげで、二十五歳前後からいろんな事を言ったり、書いたりしている若年老人のことを言う。大沢氏は違う。カッコいいので、イジめられることもなかったから、新人類になる必要はない。
“感性の問題”で比較していくと、オジサン作家と大沢氏の違いは“街”の描写が徹底的に異なる。オジサン作家は『○○は六本木の街に行った』と書いてしまえば、主人公が六本木に行ったことになる。もー、だれがなんといおーと六本木である。地名を書いてしまえば、いーと思っちゃってる。これは、有名な画家が富士山を描く時、白いキャンバスにシッカリと黒い文字で『富士山』と書いてあるのと同じである。そーんなもんは、絵画じゃねーと言われ、だれも買ってくれない。だけど、これが文学しちゃうと、いきなり、許されちゃうのである。
 とーころが、ドッコイショで現代の街はそー甘くないのである。“街”には色があり、音、人、物などが、ある一つのリズムを持って、独特の呼吸がある。若者はそれを呼吸して、“感性”で、その街を知る。オジサン作家は“街”を地名で書く。一方、大沢氏の描く“街”は現代で呼吸している。「傀」が六本木に行けば、感性でとらえている六本木と同じ街が本の中に現われちゃうのだ。
「バーカヤロー! 街のことなら、いくらでもピアにかいてあるぜー!!」
 と叫んじゃう人もいるでしょーが、まーチョットここで『ハードボイルドと街』について聞いてくださいな。
 1920年代、アメリカで、ハメットがパルプ・マガジンに探偵物を書き始めた。それらは、高度に近代化されたアメリカの街を舞台に私立探偵の活躍が描かれていた。ハードボイルドの誕生である。
 このハードボイルドの誕生の理由は、推理小説にリアリティを求めたためである。
 当時の推理小説は天才的な主人公が自分一人で、事件をぜーんぶ解決してしまうのが主流だった。それ等は、だんだんと非現実的になって本当に小説の中だけのお話しになってしまった。
 そこに、ハメットが現実的な手法を持って登場してくる。彼は実在の事件を扱い、実在の人物を出そうとした。それによって、非現実的になった推理小説をリアリティのあるものにしようとした。
 このため、ハメットは推理より人物描写と行動描写に重点をおいた。行動派推理小説とも呼ばれた。しかし、ハードボイルドは確実に動き始めた。
 それでは、ハードボイルドのリアリティのある主人公はどこを行動するのか? また、事件はどこで発生するのか?
 それは、宇宙空間でも、月世界でもない。“街”である。
 これ等の事から、ハードボイルドの存在を支えるのは、リアリティのある主人公がいそーで、本当に事件の発生しそーな、“街”の描写にかかっているのである。
 ハードボイルドが求められる実在のリアリティをだすためには、現実の街をどこまでも相手にして観察し続けなければいけない。主人公の観察眼を通して、語られなければならないハードボイルドにとっては宿命である。その観察眼に写る最初の光景としての街が単なる地名としての街ならば、その物語はそこで死滅する。その後にどんな、すばらしい男が登場しても、無駄である。
 観察眼が生き生きとした街を背景に持ってきてこそ、人物が実在するよーになるのである。たかだか、数行の町の描写だがハードボイルドの命はそれだけで決まってしまうのである。
 その点、ハメットの作品には、当時のサンフランシスコの街の呼吸がよく描かれていた。サム・スペイドもそれを吸って生き生きとしたキャラクターになることができた。ハードボイルドは街で生れた。その時から、優れたハードボイルドには優れた街を描かなければならない宿命ができた。マーロウのロサンゼルス、スペンサーのボストンにしてもしかりである。
 よーするに、ハードボイルドにとって“街”は必要不可欠な物である。
 オジサン作家の書ける“町”はせいぜい、“東京まで急行で70分、駅から徒歩15分”のダサイ町である。絶対に、“六本木から徒歩1分、オッシャレーなスペース”なーんて所は書けないのだ。ところが、大沢氏はだいじょーぶ。書けちゃうのである。
“街”を描かせれば、大沢氏の右に出る者はいない。左にはハメット、チャンドラーがいる。そして、街を書ける者こそ、ハードボイルドが書ける。おそらく、1980年代のトウキョーを舞台に書かれるハードボイルドの超傑作は大沢氏の手元から生れるはずなのである。
 本書はそのための大いなる序章であり、予言書でもある。
 最後に銃撃戦には負けたが、勝った勝負もあった。それは、小林麻美さんとどちらが先に会えるか、とゆーもんだった。この勝負は1984年9月25日におれが勝てた。サザンの桑田のピンチ・ヒッターでオールナイト・ニッポンのDJをした時にゲストに小林麻美さんが来てくれた。
 オンエア中に、おれは「大沢さん、聞いてる?」と叫んだ。その大沢とは大沢在昌氏のことである。
 その時、ラジオの横で、大沢氏はハードボイルド・スマイルを浮べていたにちがいないのである。

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