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レビュー

ハリウッド級のスケールで紡がれる、個人の幸福についての物語 『いのちの人形』

 昨年十一月に香港で開催された国際会議ヒトゲノムサミットにおいて、被験者から提供された受精卵をゲノム(遺伝子)編集技術で改変し、HIV耐性のある女児の双子を誕生させたと中国人研究者が発表した。世界初となる「遺伝子操作ベビー」誕生の一報は、研究者を中心に激烈なバッシングを引き起こした。生命倫理にもとる悪逆な所業だという反応は、至極当然であり、納得できる。と同時に、一連の報道でなにより興味深かったのは、くだんの研究者を否定する言葉の数々から感じられた、「自分もできないわけじゃない。できるけれどやっていないのだ」という科学者たちの無言のメッセージだった。倫理のストッパーを外してさえしまえれば、人間を創造できる時代が既に訪れている。反論からそのことに気付かされ、しばし遅れて震えがやって来た。
 社会派ミステリの空気をまとった『再会』で第五十六回(二〇一〇年度)江戸川乱歩賞を受賞し、近作ではユーモアミステリ(例えば『ルパンの娘』は警察一家で育った男と、泥棒一家で育った女のラブストーリー)に挑戦してきた横関よこぜきだいが、書き下ろし最新長編『いのちの人形』でテーマに据えたのは、生命倫理であり人間創造だ。
 世田谷区駒沢こまざわのマンションの一室で、二十八歳の会社員の男性が変死体で見つかった。近隣に暮らす警視庁捜査一課の川村かわむらは、現場に足を踏み入れる。所轄の捜査員の話によれば、毒物混入による殺人の可能性が高いという。すると、スーツ姿の四人の男達が現れ、「ここは私どもに任せて、警察の方々はお引き取りください」と告げた。翌日の新聞に目を通すと、駒沢の事件についてどこも報じていない。釈然としない川村は、独自に調査を進める。一方、民間のIT企業から転職し、今はサイバー犯罪捜査官(実在するれっきとした警察官であり公務員)として働く高倉たかくら竜生りゅうせいは、開発中のプログラムが導き出した答えから、駒沢の会社員変死事件の異常性に辿り着く。四十三歳の川村と、二十八歳の高倉。一年前の秋に起こった事件での己の言動で、幼女を間接的に死に至らしめてしまったという罪の意識を持っている警部補と、パソコンと向き合うのが仕事で現場経験ゼロの巡査長。二人がコンビを組んで、捜査に当たる。異色ながらも実直な「警察捜査小説」かと思いきや、七七ページでSF濃度がぐっと上がる。そこから、死体の山が築き上げられていく。
 多視点群像形式で綴られる本作にはもうひとり、メインを張る視点人物が登場する。スーパーの企画推進課に勤めている、夏川なつかわ郁人いくとだ。ある夜、会社の先輩の家へ遊びに行くと、ピアノがあった。弾いたことなどなかったはずなのに、鍵盤に触ると自在に指が動いた。なぜ自分はピアノが弾けるのか? 夏川の身に起きた不可思議な現象について、理由が明かされる時、物語はさらにリアリティラインを押し広げることとなる。
 冒頭で示したように、本作には生命倫理や人間創造にまつわるモチーフが導入されている。その具体的な内容については差し控えるが、二転三転するストーリーの醍醐味と共に、ミステリならではのどんでん返しの妙味があり、この設定だからこそ描けた異様な人間性が噴出する、ということは保証できる。人間の個性を形作るのは生まれか環境か? 個人の命と国家の危機はどちらが重いのか? ハリウッド級のとびきり壮大な物語を構築しながらも、終盤にかけてあくまでも個人の不幸、個人の幸福にフォーカスを当てていく手腕は、横関大という個性的な書き手ならではだろう。
 氏はこれまで、物語世界のリアリティラインを現実に起こりうる範囲ギリギリのところに設定してきたが、本作では大きくそれを踏み越えた。正真正銘、新境地だ。……いや、もしかしたら。ある登場人物は言う、「人間というのはみずからが作り出した科学技術をみずからに試してみないと気が済まない生き物なんですよ」。現実と虚構の境界線が揺らいで、震えた。


>>横関 大『いのちの人形』


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