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レビュー

【『木曜日の子ども』刊行記念書評リレー① 奥野修司】重松清の話題書を読み解く!

1月31日(木)、重松清さんの新刊『木曜日の子ども』が発売となります。
刊行にあたり、1月31日(木)から、各界一流の読み手たちによる【刊行記念書評リレー】を配信いたします。


 近未来の「黙示録」 

奥野修司(ジャーナリスト・ノンフィクション作家)



 日常の闇をのぞき込むような重くて深い物語に、何度となく立ち止まっては、そのたびに胸がざらついた。

「その街の名前は、以前からよく知っていた」。冒頭からもう何かが起こりそうな気配である。歴史の蓄積がない郊外の静かなニュータウンという舞台設定も、凄惨な事件が起こる背景としてはぴったりだ。そして、それは起こった。旭ヶ丘中学2年1組の給食に出た野菜スープに猛毒が投げ込まれ、生徒9名が死亡するという凶悪事件だった。犯人は同級生の上田祐太郎。その日、学校に届いた書簡に〈もうすぐたくさん生徒が死にます みんな木曜日の子どもです〉と書かれていたことから「木曜日の子ども」事件と呼ばれた。

 そして、本当の物語はこの7年後に始まる。
 マザコンでいじめられっ子の晴彦を一人息子にもつ母親が、42歳の主人公の「私」と再婚し、事件があったニュータウンへと越してきた。そこで、晴彦が7年前の犯人と似ているだけではなく、一家が購入した中古の家には、あの事件で殺された被害者が住んでいたと知らされる。さらに転校先の新しい担任は、凄惨な事件の現場へ最初に駆け込んだ教師だという……。
 そこへ大量殺戮者の上田が少年院を本退院し、子どもたちからウエダサマと「神」のように崇められているという噂が流れる。そんな折も折、近所の飼い犬が毒薬で変死する。不吉な予感がびしびしと伝わってきて読み手の鼓動が駆け足になる。

 上田の社会復帰と並行して「私」の息子・晴彦の描写が微妙に変わり始めた。「笑顔になると、よくわかる。さっきまでの晴彦とは違う。きれいに描いた円が、ゆがんだ」といった描写などじつに心憎い。まるでのっぺらぼうの晴彦がへらへらと笑っているようで、恐怖は一段と膨らみ、もう頁をめくる手が止まらない。

 そして、ついに事件が起こった。7年前から事件を取材しているというフリーライター沢井が登場したことで真相が明らかにされ、流れが変わると思われたが、変わるどころか、物語は加速するかのように絶望へと吸い込まれていく。「世界の終わり」が始まったのだ。世界ってなんだろう。世界は自分が作っていると思えば、世界を滅ぼすのは簡単だ。「世界が終わるのを待たなくても、俺たちが終わらせればそれでいいんだ」と上田が言うように、自分の命を投げ出せばいい。そんなバカな、と思う人は希望があるからだ。絶望している子どもたちは、命と引き換えに自分の未来を消し去ることに躊躇しない。どんなに無茶な論理でも、信じればそれは現実になるのである。

 本書が描こうとしているのは大量殺人事件をめぐるサスペンスといったものではないだろう。人の心に巣くっている闇を描こうとしたのではなかろうか。それが詳らかになるのがラストシーンだ。「私」と対峙した上田や息子の晴彦が、毒薬入りカプセルを使ってロシアンルーレットを仕掛けるのだが、このとき囁く上田の声は、まさしく闇の声だった。だからこそ、「私」の胸に深く刺さる。幸せな家族が、理想的な父親が、つくりものであったことが次々と明らかになっていく。

 上田にあざけられ、冷笑され、そそのかされ、それでも優柔不断な「私」は言い返せない。傍観を決めこんでいた読者も、ついに他人事ではなくなり、
「なにしてんだ、親なら言い返せよ!」
 思わず叫びたくなる。
 追い詰められてゲームに負けたと悟った瞬間、「私」がこぼすひと言が、晴彦を絶望から立ち上がらせたかに見えた……。

 上田が仕掛けたゲームは、上田を信じるから現実になるのであって、信じなければただのゲームにすぎない。だが、ゲームは終わってもなお胸はざらつく。なぜなら、絶望している子どもは晴彦だけではないからだ。ウエダサマのようなカリスマを信じる子どもはどこにでもいる。まさしく「終わりの始まり」が幕をあけたに過ぎない。

 神戸で酒鬼薔薇事件が起こったとき、いつか子どもたちは犯人を英雄に祀り上げるのではないかと言われながら杞憂に終わった。しかしネット社会の今なら、この物語のような展開があっても何ら不思議ではない。それだけに不気味な余韻はいつまでも消えない。この恐るべき小説は、まるで私たち近未来の「黙示録」のようである。


☆試し読みはこちら
>>重松清『木曜日の子ども』

【『木曜日の子ども』刊行記念書評リレー】
②重量級の新たな傑作が生みだされた――池上冬樹(文芸評論家)
https://kadobun.jp/reviews/601/0190ff05
③あえて「わからない」心に向き合う姿勢と覚悟――石戸 諭(記者・ノンフィクションライター)
https://kadobun.jp/reviews/605/53d6ba47
④この小説は、テレビドキュメンタリーへの警告である――張江泰之(フジテレビ「ザ・ノンフィクション」チーフプロデューサー)
https://kadobun.jp/reviews/606/5477207c
⑤7年前中学校で起きた、無差別毒殺事件。そして再び「事件」は起きた――「世界の終わり」を望む子どもたちに、大人は何ができるか――朝宮運河(ライター)
https://kadobun.jp/reviews/618/27da5648


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