今年の、武内涼の創作活動は、瞠目すべきものがある。まず、一月に新潮社より刊行した戦国小説『駒姫 —三条河原異聞—』だ。最上義光の娘・駒姫の悲劇を題材にした物語で作者は、忍者やアクションという自らの得意技を封じたまま、権力に抗う人間の魂の輝きを描き切り、作品世界を〝進化〟させた。
 そして本書『暗殺者、野風』では、『駒姫』と同じく戦国時代の女性(こちらは架空)を主人公としながら、正反対のベクトルのストーリーを開陳。従来にも増してアクションをてんこ盛りにした内容で、作品世界を〝深化〟させたのである。ふたつ併せて、大いに注目すべきであろう。
 五歳のとき、無頼の一団によって村を滅ぼされた野風。一緒に逃げた兄も狼に食い殺され、ひとりぼっちになったところを、上州にある杖立ての森、隠り水の里のお婆さまに拾われる。隠り水の里は、代々、暗殺の依頼を受ける代わりに、権力の介入を拒んできた、暗殺者の村だ。ここで修行を重ね、暗殺者としての天稟を開花させた野風は、十代にして、里一番の使い手になっていた。そんな野風に、無頼漢の湛光風車暗殺の命が下される。十歳の蟹丸と組んだ野風は、放下師に化けて、風車を狙うのだった。
 という粗筋は、野風という暗殺者を紹介する、プロローグに過ぎない。しかし作者は最初から、物語に全力投球だ。それを象徴しているのが、湛光風車である。乱破大将軍などと呼ばれていたこの人物は、実在したらしいのだが、正体がよく分かっていない。宮本昌孝の『風魔』のように、フィクション作品では、忍者として登場することが多いようだ。そんな面白い人物を持ち出してきて、どうなるのかとワクワクする暇もなく、野風は風車を仕留める。ターゲットの設定に工夫を凝らし、そこからヒロインの凄腕ぶりが、強く伝わってくるのである。
 しかも以後のストーリーはノンストップ。隠り水の里にやってきた、武田信玄に仕える山本勘助。彼の依頼は、上杉謙信暗殺であった。だが、北条・上杉・武田がせめぎ合う動乱の時代だ。武士の戦いに本格的に巻き込まれる恐れがある。お婆さまや野風は反対だったが、里の決により依頼を受諾。野風は、気心の知れた蟹丸、老練な薬師甚内とトリオを組み、謙信を狙うことになる。
 一方の謙信は、武将を刺客から護る用心棒集団〝多聞衆〟を雇った。ところがその中には、野風の村を滅ぼした無頼の一団のリーダーをしていた男がいる。さらに野風を雇ったものの、その力を恐れた勘助は、武田三ツ者を束ねる妖しき甲州乱破・熊若を使い、隠り水の里を支配しようとするのだった。
 美しき少女暗殺者が、戦国乱世を奔る。ある史実を踏まえて、謙信の周囲が手薄になる場所を作った作者は、野風たちと、多聞衆や忍者集団の軒猿との闘いを活写。ここから息つく暇なき戦闘が続く。そしてクライマックスの第四次川中島の戦いになだれ込むのだ。戦の描写と、野風の闘いの描写が組み合わさり、極上のアクションを堪能できた。ここまで渾身の筆を振るってくれて、大満足である。
 また、野風の心の動きも見逃せない。悲惨な過去を引きずる野風は、それゆえに権力を撥ねつけてきた隠り水の里を、自らの拠り所とする。武将から忍者まで、誰もが己の信念を抱えて闘う中で、暗殺者の彼女の心が揺らがないのは、隠り水の里という〝聖域〟を持っているからなのだ。
 ところが勘助たちの策略により隠り水の里の理念が崩壊したことで、野風は拠り所を失う。相次ぐ闘いで、仲間も失った。そんな彼女が縋ったのは、復讐である。でも、復讐の先に救いはあるのか。作者は野風の激越な行動を通じて、読者に重い問いかけをなすのである。
 なお、本書のラストを見ると、続篇が可能なように思われる。是非とも書いてほしいものだ。だって一冊で終わりにするには、野風があまりにも魅力的すぎるのだから。

【『暗殺者、野風』刊行記念対談】武内涼×高橋敏夫"

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【『暗殺者、野風』刊行記念対談】武内涼×高橋敏夫

書籍

『暗殺者、野風』

武内 涼

定価 1728円(本体1600円+税)

発売日:2017年6月1日

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