あの非常識な女の記者は、いったいなんだ!
 日頃から権力に忖度する政治部記者たちの目には、そう映ったのではなかろうか。「問題ない」「ご指摘は当たらない」などと記者の質問を軽くかわし数分間で終わっていた菅官房長官の記者会見。そこに彗星のように……、いや、火のついた隕石のごとく突入したのが東京新聞の望月衣塑子記者だった。以来、会見時間は大幅に延び30分を超える日もあったという。しかもその異星人は一人で23回もの質問を続けた。官邸側から、同じ趣旨の質問はやめて欲しいと言われても怯むことはない。
「きちんとした回答を頂けていないので、繰り返し聞いています」と声を上げるだけだ。
 かく言う私も、一応しつこい部類に入る記者のはずだが、一回の会見で23回も聞くような図太い神経は持ち合わせてはいない。相手や同業者に嫌な顔されたらそこまでだ……。
 安倍政権を取り巻く、「森友学園」や「加計学園・獣医学部開設」に関する疑惑、文部科学省前事務次官の告発事案などに、孤軍奮闘、官邸に斬り込んでいる望月記者は今、最も注目されている新聞記者と言えるだろう。テレビニュースでさえ会見での彼女の質問を切り取って放送しているし、東京新聞以外の活字や、ネットメディアでの露出も多い。会見内容をパソコンに打ち込むだけの記者が多い中、こんな舌鋒(ぜっぽう)鋭い記者がなぜ出現したのだろうか? 望月記者の著書『新聞記者』には、そこに至る経緯が描かれている。
 中学生の時、母に勧められフォトジャーナリスト吉田ルイ子氏の著書を読み、この仕事に憧れた。やはり記者であった父親にも背中を押されたという。新聞社に入社後、いくつかの支局を廻り、仕事を叩き込まれて本社の社会部へ。司法記者クラブでは東京地検特捜部などでの厳しい取材も経験した。今は子育てにも追われる日々だという。
 彼女の最大の強み。それは取材現場での「喧嘩の仕方」を知っていることだろう。官邸に通う今も原籍は社会部だ。事件の被害者や検察官、警察官の家に何度も通って、嫌な顔をされながら話を聞いてきた経験を持つ。時に騙され、煮え湯を飲まされ、怒鳴られ大泣きしながら記事を書いてきた。本書の前書きにもこうある。
「事件取材で、最初から真実を聞けることなど、まずない。ぶつけた質問が否定されることを前提に、何度も何度も疑問を投げかける」。これこそが社会部記者としての基本だ。
 被取材者たちは己の弱点などマスコミに晒したくないから平然と嘘をつくことも多い。それでも繰り返しの質問に耐えきれなくなり、うんざりした瞬間にボロを出すこともある。だから、しつこく聞くのは当たり前なのだ。
 今年4月、森友学園疑惑の取材の最中、彼女は最大の理解者だった母親を突然の病によって失う。少し前には父親も50代の若さで亡くした。7月には、さまざまなストレスから自身の体調も崩してダウンし寝込んでしまう。
 それでも彼女は自分自身での取材にこだわる。それはいつでも初心を忘れないからだ。「中学生の時から憧憬の思いを抱き続けた職業に幸いにも就くことができた」。やっと掴んだチャンスを離すことなど決してしない。最初から闘う「覚悟」が違うのだ。
 そんな彼女も一度、内勤職に異動になったことがある。その頃は取材に出たくて本気で転職を考えた。この本でも少しふれられているが、実は当時、テレビ局に在籍している私のところにも訪ねてきた。彼女の話を聞いてみると、本当に取材が好きな人なのだなと感心した。しかし私は転職を勧めることはしなかった。「やる」やつは、どこにいても必ず浮上するからだ。やはりというか、その後に彼女は取材部門に戻り、そして今がある。
 本書文末には、力強くこう記されている。「おかしいと思えば、納得できるまで何があろうととことん食い下がる。新聞記者として当たり前のことをしたいと思う」。
 なんとも手強い記者である。

書籍

『新聞記者』

望月 衣塑子

定価 864円(本体800円+税)

発売日:2017年10月12日

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