【カドブンレビュー9月号】

『忘却(リンボ)』=無視されている状態
 ここにあるのは、キラキラとした青春小説ではなく、もっと身近に起こりうる物語。ミステリであり、少女の心の叫びが痛いほど伝わってくる、とてもリアルに感じられる物語だ。
 私の中学生の頃の記憶は、もう薄っすらとしか残っていない。楽しいことも、苦しいことも、どんどん積み重ね、上書きされていくかのように、昔のことを忘れてしまう。だが、この物語を読み進めていくうちに、記憶が少しずつ鮮明になってきたのである。もしかしたら、記憶に蓋をし、忘れたことにしたかったのかも知れない。主人公と悩みも環境も違うが、苦しいことのほうが多かった記憶が蘇り、私の気持ちは、この物語に寄り添い始めたのである。
 主人公の理子は中学三年生。あることがキッカケで加害恐怖に。加害恐怖とは、人を傷つけてしまうことを極端に恐れる病で、強迫性障害と呼ばれる病気の一種だ。理子の場合、凶器になりそうなもの全般と乗り物を苦手としている。理子は密かに、『夜の日記』と名付けた殺人計画をノートに綴ることで、心を落ち着けていた。しかしある時、理子の過去の秘密を知る中学一年生の悠人に脅され、悠人の父親を殺す計画に協力することに――。
 家族と上手くいかず、学校では『忘却(リンボ)』であり、過去のこと、そして今の症状に苦しむ理子。父親にひどい暴力を振るわれ、身も心もボロボロで苦しむ悠人。どちらも、必死に自分を守る術を探し、少しでも今の状況を変えたいと願っている。平静を装っていても、追い込まれ、もがき苦しむ姿と心の叫びが伝わってくる。理解されない苦しみ、大人たちに繰り返し手を伸ばしても届かないだろうという諦めが、とても悲しく思えてくるのだ。
 この物語に触れていると、二人で危険な計画を練っていること、計画に気持ちが向いてしまったことが、決しておかしなことではないと感じてしまう。中学生の彼らに出来ること、頼ることが出来るものは限られている。その限られているものにすら『忘却(リンボ)』されてしまったら――?
 彼らは、生きるために必死だ。二人で秘密と苦しみを共有している時間は、心を保つために必要なのだ。お互いが理解し共感するということが、彼らの心の支えになっている。
 そしてもう一つの心の支えは、理子が所属していたボードゲーム研究会だ。様々なボードゲームのやり方や様子が描かれていて、ゲーム好きな私もプレイしてみたいとワクワクしてしまった。ああなるほど、好きなものは、苦しい状況でも、とても心の拠り所になるのだと再認識。
 二人の計画と並行して描かれている、理子の過去の秘密、連続殺人事件、痴漢事件。この3つの絡み合った事件の謎が結末へ向けて、どのように収束していくのかにも注目してもらいたい。そして、二人の計画の行く末と二人の気持ちの繋がり、『夜の日記』『忘却(リンボ)』がどうなったのか見届けていただきたい。そこには現代社会を象徴する青春ミステリが広がっている。

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レビュアー:河野 裕

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