でも三浦さんの小説には、電車がよく出てくる。JR京葉線の東京駅地下ホームの先に広がる暗闇から電車が姿を現すなど、鉄道を介して触発される想像がある。意外に重要なモチーフになっている。私立の学校に通って、鉄道で通学することで搔き立てられる想像があるのではと思うのです。

三浦 そう言われてみれば、『秘密の花園』という小説では、六年間、横浜線で山手に通う間に見ていた風景が反映されていますね。車両にドアが何個あったかなんて、覚えてないけど(笑)。「今日の増水っぷりはすごいな」と、車窓から鶴見川を眺めるのが好きでした。
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 僕は中学二年生のときに半年かけて横浜線の研究をし、成果を「労作展」という秋の展覧会に出品しました。

三浦 「労作展」! 自分で「労作」と言っちゃうのか!

 沿線をほとんど歩き尽くしましたね。

三浦 え!? それは本当に労作ですね、すみません。
 小机こづくえ鴨居かもいの間を走る横浜線の電車を鶴見川の対岸から写真撮影したこともありました。川と電車の両方を撮影できるし、バックが丘陵地になっているのもいい。
 小机を過ぎると単線になって、トンネルを出ると鶴見川が寄り添ってきて、急にひなびてくる。上りと下りの電車が行き違うために、鴨居の駅で電車がしばらく停まるんです。天気のいい日には、ホームの先端から富士山が見える。

三浦 へえ、気がつかなかった……。さすがにもう単線ではなかったですし。
 もちろん複線の東急にはそういう時間はありません。当時の横浜線には十日市場、成瀬、古淵こぶち、八王子みなみ野といった駅もありませんでした。町田はまだ原町田で、小田急の町田とは六百メートルくらい離れていて、その間の通りは通勤通学客が急いで走るから「マラソン道路」と言われていましたね。

三浦 私が通学していた当時も、十日市場と小机の間はまだまだ牧歌的な風景でした。原町田のあたりも単線だったんですか?
 はい。原町田駅の周辺には古い商店街があり、東急が開発した住宅地に住んでいる身にとっては、東京の郊外というよりは一番近くにある地方都市の感じがありました。

三浦 二十年ぐらい前まで、町田の駅前には闇市っぽい雰囲気が残っていましたね。

 小田急百貨店はまだなかったんですが、原町田に近いほうに「吉川」「マツヤマ」という、町田にしかない百貨店が二つあったんです。あとは大丸とさいか屋がありました。大丸の近くにはシヅオカヤというスーパーがありましたね。1982 年にたまプラーザ駅前にできるまで田園都市線沿線には東急百貨店がなく、渋谷に行くしかありませんでした。だから町田の大丸で最上階の食堂街に行ったときは新鮮でした。

三浦 町田にしかないデパート! 全然知らなかった!
 町田には東急百貨店(現在は町田東急ツインズ)や109(現在はレミィ町田)がありましたよね。小田急とJRしか通っていない町なのに、なぜ東急が入ってきたんでしょう?
 当時は田園都市線が町田に乗り入れるという噂もありました。

三浦 ほんとに乗り入れてくれればよかったのになあ。あと、バスが神奈川中央交通なのも不思議です。町田市は一応、東京都なのに。

 戦時中に政府が進めたバス会社の統合の影響が今も残っているからでしょうか。バス会社がテリトリーを獲得していく経緯は謎です。

三浦 そうなのか……、調べてみたいですね。
 子供の頃は乗り物酔いがひどくて、バスやタクシーにはあまり乗りたくなかったんですよ。今も自動車より電車のほうが好きです。電車は絶妙な揺れもあって、考え事も読書もはかどりますしね。鉄道には、人の詩情を搔き立てる力がある気がする。象徴性を帯びた乗り物だなと思います。


>>第2回へつづく####
三浦の描く女性同士の関係性と、松本清張の描く女官同士の恋愛感情。
この二つが同時に語られる日が来ようとは――。


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