「高倉さんという方は独特な形容をされますね。あれは、映画『海へ』の撮影から帰って来られた時でしたかしら。『砂嵐は凄いでしょう?』とお聞きしたら、『切ないです』と仰った。そういう表現をされる方なんですよね」
 徹子さんは続けてこう質問したという。
「『なぜ、切なかったんですか』と伺ったら、『砂漠に立つ標識に身を寄せて、砂風から身を守っている幼い子がいました。そういう状況で生きていく。とっても切ないですねえ』。これが『砂嵐は切ない』になるんですよ、あの方の場合」
 徹子さんは、
「高倉さんはどんな仕事をされている時でも、気楽にはしていないように見えますね。『鼻歌なんか歌って、ぶらぶらしていることはないんですか』と伺ったら、『いつもはポケットに手を突っ込んで、口笛を吹きながら、ぶらぶらしていたい人間なのに、いつも極地へ連れて行かれるんですよ』と仰っていました。
 私が大好きな『キャメロット』(一九六七年公開)という映画があって。その中で王様は『不倫をしたら、死刑にする』という法律を作るんです。巷では、愛する王妃と信頼する騎士とが不倫しているという噂が立っている。王様は王妃を愛しているものだから、罪人にしたくない。城で二人は気まずい雰囲気で座っている。
 そのとき、王様は、『こういう時、庶民は何をしているのかな。口笛でも吹いているのかな』と言って、口笛を吹くんです。王妃も口笛を吹こうとするんですけれど、涙が出てきて、どうしても吹けない。そこがとっても好きなものですから、高倉さんにその話をして、ビデオをお送りしたんですよ」
 しばらくして、健さんからお礼の手紙が来たそうだ。
 そこには、
「・・・まだ僕は口笛を吹いていません・・・」
 と書いてあったという。
「今回の映画(『あ・うん』)は高倉さんが口笛を吹いているシーンがあるとか。そういう心境になられたのでしょうかね。拝見するのがとても楽しみです」
 アジの開きから始まったインタビューも無事締めくくられようとした。
 帰り際に、徹子さんから、
「先ほどのアジですけど、私が焼くと真っ黒になってしまう。気の毒ですよね(笑)」
 この一連の話は健さんに報告した。
 取材先の宿の朝ごはんで、「アジは大丈夫ですか」と主に尋ねられ、
「はい。大丈夫です。よく焼いて下さい。炭みたいに真っ黒でお願いします」
 そう言うと、健さんはニッと笑い白い歯を見せたものだった。
 ポケットに手を突っ込み、口笛を吹きながら友達の女房に横恋慕する役に邁進する撮影の裏側では最愛の母がこの世を去っていた。
 葬儀にも出ず歯を喰いしばった健さんの心情を知るスタッフはごく僅かであったという。


(第3回へつづく)
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『高倉健の身終い』

谷 充代

定価 886円(本体820円+税)

発売日:2019年01月09日

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