>>【連載第53回】東田直樹の絆創膏日記「心は心で生きている」

2018年11月20日(火)
僕は、ぽつんとここにいる。どうしてだろう、なぜだろう。
そんな問いを投げかけても、誰も答えてはくれない。
夢が隠れている、そうみんなは言うけれど、誰も探してはくれないのだ。
狭苦しい布団の中で聞こえるのは、僕の泣き声だけ。
それでもいい、ここがいい。月も星も、まぶし過ぎるから。
洞窟のような暗闇が、僕の心を慰めてくれる。
朝日は、目がくらむほどの輝きで僕の体を包むけれど、心はなびかない。
ここから動くものかと決心した瞬間、少し気が楽になった。
そっと、時計を見ると午前二時。
「早く寝なくちゃ」
自分に言い聞かせる僕。
深いため息をつきながら眠りに落ちる、ひとりぼっちの夜。
僕は、体をかたくして手足をちぢこめた。
どれくらいの時間が過ぎたのか、ふっと意識が遠ざかる。
体が僕を手放したのだ。開放された手足が緩む。
体から抜け出た心は、どこへ行くのだろう。
この世とは、別次元の世界が僕を待つ。しばしの休息、そこは魂の楽園。
だが、すぐに覚醒する。ああ、僕という人間はいなくなったと思ったのに。
心が僕を揺り起こし、体は素直に心に従う。
もう二度と泣かない約束は出来ないけれど。
2018年11月22日(木)
自分が世界を変えることが出来ると信じている人がいたら、すごいことだと思う。世界の広さを知っているのだろうか。それとも、知らないのか。
どんなに大変な状況でも、自分は幸せだと言い切る人がいる。常に自分より辛い立場の人を引き合いにして。
人というのは、みんな自分本位だ。だから生きていけるのだと思う。
もしも、物わかりのいい人間ばかりだったら、今頃世界は破滅していたかもしれない。人のことばかり心配していたら、自分のことがおろそかになる。自己犠牲は美しいだけではなく痛ましい。
共存とは、譲り合うことではないと思うことがある。主張し合い、利用し合い、そして、そんなひとりひとりを認め合うこと。そう考えるのは、少し悲しいけれど。
人類がたどって来た道を、歴史と呼ぶ。
教科書には、いろいろ書かれてはいるが、遠い昔に何が起きたのか、本当のことを何ひとつ僕らは知らない。
そこにいなかったからだ。誰ひとり存在していなかったはずなのに、見て来たかのように語る人々。
歴史が今の僕たちに必要なものだからだろう。
人類の歴史は続く。僕たちはもっと、わがままで自分勝手になる。
自分を生きるために、他人を生かすために。

2018年11月23日(金)
今日は、秋の終わりとは思えないような暖かさだ。外にいても気持ちいい。こんな天気がずっと続けばいいのにと思う。
暖かいお日様の光が降り注ぎ、ひんやりとした風。紅葉狩りをしながら、足元に咲いているタンポポに気を配り歩く。秋だけど春の気候を体感できる贅沢な時間である。
冬に向けての準備を始める季節、日が暮れるのも早くなり、心細くなる。
それでも、小春日和の日は、うきうきする。冬が来ることを忘れ、ほんわかした気候に、心行くまで浸っていればいいのだ。
心地いいお天気は、人の心を幸せにしてくれる。
秋に、春という季節の言葉を用いるところに、冬に対する気構えを感じる。
厳しい冬の前に訪れる温和なお天気、まるで春みたいだ、みんなが、そう思ったに違いない。
だから「小春日和」。秋なのに、今日は春なのだ。春という言葉を口にして、少しだけ冬を遠ざける。
冬の備えに必要なのは、心のゆとりなのだろう。
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