2


 子ども捜しは夕方までつづけられたが、手がかりはまったくなかった。二十一人が、蒸発したように忽然こつぜんと消えてしまったのである。
「こうなったら、電車に乗って、遠くへ行ったとしか考えられないわね」
 だれかが言った。もしそうだとすれば、二十一人もの中学生が切符を買って改札口を通ったのだから、いくら忙しい駅員でも覚えているはずだ。
 中学校からいちばん近い駅はK駅である。ここは常磐じょうばん線、東武とうぶ伊勢崎いせさき線、地下鉄千代田ちよだ線、日比谷ひびや線が通っている。
 そこよりやや南に京成けいせい電鉄のS駅がある。西へ隅田川を渡って行くと、少し遠いけれど京浜東北けいひんとうほく線、東北本線のD駅がある。
 母親たちは駅という駅は全部あたってみた。しかし、どの駅にも立ち寄った形跡はなかった。
「じゃ、車かしら」
 二十一人が一度に移動するとしたら、バスか、それともタクシーに分乗したのか。バスの方は営業所に問い合わせてみたが、中学校の近くのバス停で、二十一人もの中学生が乗った事実はないという証言を得た。
 タクシーで行ったとすれば、これはわからない。とにかく、夜になっても帰ってこないようだったら異常事態と考えていい。そのときは警察に届けようということで意見が一致し、それぞれの家に戻った。
 相原進学塾の電話が鳴ったのは午後七時だった。園子が飛びつくようにして受話器をとった。いきなり男の声がした。
「こんや午後七時からFM放送を行う。ダイヤルを八八メガヘルツに合わせろ。いいか、八八メガヘルツだぞ」
 書いたものを読んでいるような無機質な声。
「もしもし、あなたはだれ? 徹はどこにいるの?」
 園子は、受話器に向かってわめくように言ったが、なんの答えも返ってこないまま切れてしまった。
 しばらく電話機の前で放心したように座っていると、また電話が鳴った。反射的に受話器に手を伸ばして耳にあてる。
「私、菊地。いまおたくにFM放送聴けって電話なかった?」
 詩乃の声は、途中でかすれた。
「あったわよ」
「何かしら?」
「さあ。なんのことだかさっぱりわからないわ」
「身代金の要求じゃないかしら」
「だって放送するんでしょう。そんなことしたら、みんなに聞かれちゃうじゃない」
「そうじゃないの。FMの八八メガヘルツというのはミニ放送で、この近くの人しか聞こえないの。おそらく、私たち以外聞いている人はいないわ」
 そういえば、最近若者たちの間で、音楽やおしゃべり番組を流す、ミニ局が流行っているということを聞いたことがある。
「でも、それだけで誘拐されたとは限らないわよ」
「あなたは楽天的すぎるわ」
「うちなんて食べるだけがせいいっぱい。身代金なんて言われたって、ビタ一文出せやしないわよ」
「そんな言い方しないで」
 詩乃は怒ったように電話を切ってしまった。
「なんだ、なんの電話だ?」
 夫の正志まさしが不安そうな顔を見せた。園子は電話のいきさつを正志に話した。
「ひょっとすると、二十一人は人質にとられたかもしれんな」
「子どもジャック?」
「そうだ。身代金は一人一人ではなく、二十一人まとめて、とんでもないものを要求してくるかもしれんぞ」
「でも、みんな無理矢理つれ去られたのではなさそうよ」
「そんなことは簡単さ。子どもなんて面白いことを言えば、けっこうついて行ってしまうもんだ」
 正志は、いつになく厳しい表情をした。
「中学生よ」
「中学生だろうと、高校生だろうと問題じゃない。このところ静かだったから、もうそろそろ動き出してもいいころだ」
「考えるのは、放送を聴いてからにしよう」
 二十分ほどして、詩乃からまた電話があった。
「全員に例の電話があったらしいわ。七時の放送を聴いたら、あなたのところに集まって対策を検討したいんだけれど、教室空いているかしら」
「ええ、いいわ。こんやはお休みだからどうぞいらしてくださいな」
 園子は時計を見た。七時まであと八分。いったい何を言い出すのか。考えると胸が苦しくなってきた。
 七時三分前に、ラジオのダイヤルをFMの八八メガヘルツに合わせた。まだなんの音もしない。
 園子は、デジタル時計の変化する数字を追いつづけた。7:00。
 突然、ラジオから音楽が流れ出した。ひどく陽気で騒々しい曲だ。
「何? これ」
「こいつはアントニオ猪木のテーマ『炎のファイター』だ」
「猪木って、プロレスの?」
「うむ」
 正志はうなずいた。正志も徹もアントニオ猪木のファンで、この中継のときだけは、二人並んでテレビにかじりついている。
 ──それにしても、なんだってプロレスなのだ。
 音楽のボリュームが落ちた。
『みなさんこんばんは。ただいまから解放区放送をお届けします』
 またもや『炎のファイター』。それにかぶせるようにして詩の朗読が聞こえてきた。
『生きてる 生きてる 生きている
つい昨日まで 悪魔に支配され
栄養を奪われていたが
今日飲んだ〝解放〟というアンプルで
今はもう 完全に生き返った
そして今 バリケードの中で
生きている
生きてる 生きてる 生きている
今や青春の中に生きている』
『こんばんはこれで終わり。あすも午後七時から放送しますから、ぜひ八八メガヘルツにチャンネルを合わせてください。ではおやすみなさい』
 放送は唐突に終わってしまった。
「おい、これは徹の声じゃないか」
 正志が、大きな声でどなった。
「まさか……」
「いや、まちがいない。たしかに徹だ」
 正志と目が合った。その目が激しく揺れている。たしかに、これは紛れもない徹の声だ。
「どうして徹が……?」
「わからん」
「脅迫されて、喋らされてるんだわ。そうよ、きっとそうよ」
 園子は、自分に言い聞かせようとした。しかし、何かがおかしい。それは、この底抜けの明るさなのだ。
 

    3


 相原徹は、送信機のスイッチを切って、
「どうだった?」
とみんなの顔を見た。
「ちょっと、固くなってたみたいだったぜ」
 英治は、固くなっているのは、自分だって同じだと思いながら言った。
「とうとうやったぜ」
 宇野秀明うのひであきが、うわずった声で言った。
「シマリスちゃん、おっかねえのか?」
 安永宏やすながひろしが挑発するように宇野の顔をのぞきこんだ。シマリスというのは、小さくて臆病で、いつもちょこまかと動く宇野のあだなである。
「おっかねえもんか」
 一四五センチの宇野は、一七〇センチの安永を、見上げるようにしてにらんだ。
 部屋は、もと事務室だったらしく、スチールデスクが二十ほど、ほこりをかぶって並んでいる。その上にろうそくが三本立っているだけだから、顔はほとんど影になって見えない。
「無理すんなよ。声がふるえてるぜ」
 みんな、火がついたように笑い出した。
「からかうなよな」
 日比野が言った。日比野は一六〇センチ、七〇キロ、宇野の体重の倍はある。いつもおとなしくて、カバというあだなの日比野が、副番の安永に、こんな口の利き方をしたことに、みんな一瞬しんとなって成り行きを見守った。
「なんだカバ。おれにインネンつけようってのか?」
 安永は、すごんでみせた。
「インネンつけるわけじゃないさ、こわいのはみんな同じなんだ」
 日比野は、ゆっくりとした口調で言った。
「おもしれえ、受けて立つぜ」
 安永は、ボクシングのファイティングポーズをとると、日比野にこいと手招きした。それが、ろうそくの炎で、壁に大きな影を映した。英治は息をつめた。
「デスマッチ、一本勝負。時間無制限」
 天野あまのが、リングアナウンサーみたいな大声を出した。将来スポーツアナウンサーを目指している天野は、特にプロレスの実況中継が得意である。
「二人とも、どうかしてんじゃねえのか」
 相原が二人の間に入った。
「おれたちがけんかする相手は、おとなだってことを忘れちゃ困るぜ」
「そうか……。そうだったよな」
 安永は、照れくさそうに、ファイティングポーズをやめた。
 安永のことだから、このままではすまないと思っていたのに、意外にあっさりと引き下がったことで、英治は肩の力が脱けた。
「二人とも握手しろよ」
 相原が言うと、安永は素直に手を差し出した。
「わるかった。かんべんしてくれよな」
 日比野は、その手をおずおずと握りながら、
「おれも、ちょっと変だったよ」
「ちえッ。世紀の決戦の実況放送をやってやろうと思ってたのに」
 天野は、いかにも残念そうな顔をした。
 その一言で、それまでの緊張がとけたのか、みんなはじけたように笑い出した。
「いいかみんな。ここはおれたちの解放区。子どもだけの世界だ。楽しくやろうぜ」
 相原が言うと、全員が「おーう」と叫びながら、拳を突き上げた。
 英治は、なんだかしらないけれど胸が熱くなった。

(このつづきは本編でお楽しみください)
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