「小説 野性時代」で好評を博した連載小説を、11月の刊行に先駆けて限定公開! ある愛のため、命がけで新選組を脱した男のロード・ノベル――切なくて狂おしい「東山版」新選組小説をひと足先にどうぞ。
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>>第12回「鴨居の惣介」
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 六月末、洋々たる初夏の頃である。
 この日、近江は水口みなくち藩の公用人が会津藩邸へ出かけた折、ついつい壬生みぶ浪士組についての苦言を呈してしまった。いやはや、とにかく酒に酔っては乱暴狼藉を働き、洛中では壬生浪などと呼ばれてさげすまれておりますぞ。
 それが、芹沢の耳に入った
 激怒した壬生浪士組局長はさっそく永倉新八ながくらしんぱち原田はらだ左之助さのすけ井上いのうえ源三郎げんざぶろう武田たけだ観柳斎かんりゅうさいの四名を水口藩邸にねじこませ、このうっかり者の公用人を生捕りにしようとした。愚直な隊士たちは気魄きはく充分だったが、ここで二条通りに道場を構える戸田とだなにがしという剣客が仲裁に入り、なにをどうしたのかは分からぬが、ごねる芹沢一味をどうにかなだめすかして島原の揚屋あげや(客が高級遊女を呼び寄せて遊んだ料亭などの饗宴施設)、角屋すみやへ招待したのだった。
 舌打ちをしたのは、角屋の主人であった。それというのも、芹沢の悪名はすでに島原や京町あたりの花街かがいに轟いていたからである。ぬらりとした蛇のような縁起の悪い見た目もそうだが、底なしの大酒飲みで、座敷に上がっても刀箪笥に刀を預けもしない。飲めばその刀を抜いて女を追いまわす酒乱であった。
 この手打ちの酒席でも、芹沢は如何なく本領を発揮した。すなわち乱酔したあげく、店のもてなしが気に食わぬと大喝して大鉄扇をふり回し、手当たり次第に器物を破壊したのである。
 誰がその一報を屯所にもたらしたのか、蓮八には分からない。気がつけばほかの平隊士とともに、道場として使用している前川まえかわ邸の表長屋で副長連の鳩首きゅうしゅ凝議を遠巻きに眺めていた。
「またか!」ふだんは冷静な土方の怒声が飛んだ。「近藤さん、このままあの男を野放しにしておけば隊の沽券こけんにかかわりますよ」
「分かっている」近藤も苦り切っている。「しかし、まがりなりにも芹沢先生は我らの局長である」
「私に命じてください」土方が詰め寄った。「近藤さんはなにもしなくていい」
 居合わせた隊士たちは固唾を呑んだ。ついに、と誰もが思った。商家への押借り、遊廓ゆうかくでの醜態と、芹沢の悪逆無道はすでに看過できない一大事になっていた。このままでは壬生浪士組を預かる会津藩にも申し開きが立たない。
「まァまァ、そんなに熱くならないでくださいよ、土方さん」
 土方にじろりと睨まれても、沖田は両手を頭のうしろに組んでのんびりとつづけた。
「ほら、みんなが見てますよ」
「だからなんだ?」
「このなかには」沖田は隊士たちを眺めやり、「芹沢さんの息がかかったのもいるんじゃないかなあ」
 土方の険しい目が蓮八らのほうへ飛ぶ。
 隊士たちはいっぺんに度を失い、顔を伏せたり、咳払いをしたり、顔を恭順の色に染めたりした。勿論、蓮八とて例外ではない。
 土方がひたと目を据えたのはもうひとりの局長、新見錦しんみにしきであった。
 新見はきょろきょろとあたりを見まわし、睨まれているのが他の誰でもなく自分だと気づくと、口のなかでもごもご言い訳をしながらあたふたと中座してしまった。新見が芹沢の右腕であることは周知の事実であった。
「斬るなら、まずはあのへんだね」誰憚ることなく、沖田がさえずった。「それで芹沢さんが反省するかどうかは分からないけど、やってみるだけのことはあると思うな」
 土方の目の色が変わる。
「なんてね」沖田がゲラゲラ笑った。「ダメですよ、土方さん、へんなこと考えちゃ。冗談ですからね、冗談。新見さんはいちおう局長なんですから」
 それは土方に向けられた言葉ではあるが、隊士一同、その裏の意味を汲み取れぬ者はいなかった。俺たちは局長だろうが斬るときは斬る、余計なことをしゃべったら命はないと思え。しかし当の土方だけは生真面目に、沖田の悪ふざけを額面どおりに受け取ったようだった。額に青筋が立つ。
総司そうじ、貴様……」
「やめろ、トシ」近藤がたしなめた。「総司、おまえも過ぎるぞ」
 沖田は屈託なく頭を下げ、土方のほうは喉につかえた憤怒を呑み下すのにひどく苦労していた。
「まったく、おまえたちときたら……」近藤は首をふり、「とにかく委細が分からん。トシ、総司、すまないがおまえたちが行って様子を見てきてくれ」
「ええ、今からですか!」すかさず沖田が怨嗟えんさの声を上げた。「永倉さんたちが帰ってきてから訊けばいいじゃないですか」
「いい加減にしろ」土方がどやしつける。「さもないとおまえから斬って捨てるからな」
「すぐ意地悪を言うから土方さんは嫌いだよ」
「いいから、行くぞ」
 沖田は前川邸を出る土方の背後に隠れてふりむき、やれやれ、という顔を蓮八につくって見せた。
つづく 

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<初出:「小説 野性時代」2017年12月号~2018年4月号>

<このコンテンツは、「小説 野性時代」2017年12月号から2018年9月号まで掲載された連載の前半部分を、単行本化を記念して18年11月末まで、期間限定で毎週更新するものです。単行本『夜汐』の発売は11月下旬を予定しております。また、本コンテンツは19年1月末まで掲載の予定です。>

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書籍

「小説 野性時代 第172号 2018年3月号」

小説野性時代編集部

定価 860円(本体796円+税)

発売日:2018年02月09日

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    書籍

    『夜汐』

    東山 彰良

    定価 1728円(本体1600円+税)

    発売日:2018年11月28日

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