「小説 野性時代」で好評を博した連載小説を、11月の刊行に先駆けて限定公開! ある愛のため、命がけで新選組を脱した男のロード・ノベル――切なくて狂おしい「東山版」新選組小説をひと足先にどうぞ。
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>>第11回「先斗町の夜」
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 案内役は鴨屋の惣介(そうすけ)親分とは遠縁にあたり、妹が惣介の従弟(いとこ)に嫁いでいる。殺し屋を案内するのにやくざ者ではいくらなんでも剣呑(けんのん)だというので、惣介からじきじきに乞われて先生(、、)に付き添っているのだった。
 このひと月というもの、先生とともに壬生浪士組の屯所を見張り、ウサギの蓮八をつけ狙ったが、いまだ仕留められずにいた。その理由(わけ)を、案内役はこう考えていた。ひとつにはウサギの蓮八がなかなかひとりにならないこと、もうひとつには殺し屋のほうにまるで覇気が感じられないこと。
 が、それもいよいよ今夜で終わるかもしれない。ウサギの蓮八がもうひとりの浪士とふたりきりで飲みに出かけたのだ。大丈夫ですか、先生? 殺し屋を送り出すときに、案内役は尋ねた。相手はふたりですよ。殺し屋は薄ら笑いを浮かべ、なにも言わずにふらりとその飲み屋へ入っていったのだった。
 まだ四半刻(しはんとき)も経たない。
 通りの斜向(はすむ)かいにある居酒屋の窓辺に陣取った案内役は、思わず窓枠を掴んでいた。飲み屋から出てきた殺し屋は、ぶらりぶらりと先斗町の賑わいを横切り、平生どおり飄々(ひょうひょう)縄暖簾(なわのれん)をくぐってこちらの店に入ってくる。返り血も浴びていなければ、飲み屋のほうから悲鳴も聞こえてこない。もうそれだけで、案内役にはなにが起こったのか分かった。
 そう、なにも起こらなかったのだ。
 徒労感で重たくなった腕を案内役が持ち上げると、殺し屋は穏やかに頷き、のんびりと近づいてきた。なんやねん、こいつ。心中舌打ちをした。ヘラヘラしやがって、ホンマに殺し屋なんかい?
 野摺りの着流しは、案内役が鴨屋の惣介親分に言われて仕立てさせたものである。殺し屋はほとんど着の身着のままで江戸から京までのぼってきた。そのなりではいくらなんでも、と惣介親分は苦り切った。それやったら、先生、どっちが壬生浪(みぶろ)か分かりまへんなあ!
 案内役が顎をしゃくり、殺し屋は向かいの長床几(しょうぎ)に腰を下ろす。
「なんも言わんでよろしいけど」と、口火を切った。「ただひとつだけ聞かしてもらえまへんやろか。いったい、いつになったらやらはるおつもりですか、先生?」
「腕の立つ奴と一緒だった」殺し屋がしれっと言った。「関わりのない者は斬りたくないからね」
「そんなこと言うて、もうひと月経ちますよ」
「気長にやってくれと言われたが」
「京にひと月もおって、まだお分かりになりまへんか?」溜息を禁じ得ない。「京者はいちおうそう言うんです。さっさと片付けてください言うのはあからさまやし無粋でっしゃろ」
「ああ、そうだったのか」殺し屋は心底驚いたようだった。「そういうものか」
「そこは察してもらわんと」もしも溜息が売れるなら、と案内役は思った。今頃わては大金持ちや。「先生みたいにぶぶ漬け食べてけ言われて本当に食べていく人なんかおまへん」
「京はなかなか難しいんだな」
「とにかく早いとこやってくださいよ」貧乏ゆすりも止めどがない。「ここんとこずっと屯所を張らされてるよって、自分の稼業がおろそかになって仕方ないですわ」
「だけど、ウサギがなかなかひとりにならない」
「むこうも用心してはんねやろ。江戸のなんちゃらいう相方が死んだことももう知ってはるやろうし」
「亀吉だ」
「そやけど、そこを仕留めるのが先生の仕事ちゃいますの?」
「屯所に斬りこむわけにもいかないからね」
「ウサギといっしょにおった浪人、そないに腕が立ちそうでしたか? なんで分かりますの? 隙がないとか?」
「隙は誰にだってあるさ。でも、ああいうやつはできれば背後からこっそり斬りたいな」
 えげつなっ! 無粋にも本心を顔に出してしまった案内役は、とりあえず酒でお茶を濁すしかなかった。
「俺は侍じゃない」殺し屋は笑い、手酌で一杯飲んだ。「人を斬るのに矜持などないよ」
「ただの仕事、ですか?」苛立ちを隠しきれなかった。「でも、まあ、そういうことはあまり人には言わんほうがええですよ。卑怯者や思われますよって」
「祝福さ」
 また訳の分からんことを。この手のかしこぶった戯言は、京者のもっとも嫌うものである。嫌味のひとつも言ってやらないことには、腹の虫がおさまらない。
「どうしはったんです、先生?」だから、言ってやった。「なにニヤついてますの? 阿呆が酢に酔ったみたいな顔して」
「俺のことを話していたんだ」
「誰がですか? ウサギたちですか?」
「俺がもののけを射殺(いころ)したと言っていた」顔に笑みを残したまま、殺し屋は言葉を継いだ。「それが面白くて、つい聞き入ってしまった。奴等は俺が弓矢を使ったと言ったが、俺が使ったのは槍だ。長い棒の先に出刃をくくりつけただけのものだがな。笑うまいとしたんだが、ウサギといっしょにいた男に気づかれてしまったよ。ああいうでたらめってどこから流れるんだろうな」
「なんや分かりまへんけど、ウサギを殺し損なった言い訳なら惣介親分にしとくれやす」
「俺は昔、大きな狼を仕留めたことがある」
 案内役はうんざりしたように目玉をぐるりとさせた。
「俺の村では、その狼は南蛮船に乗ってやってきた悪魔ってことになっていた。物知りの坊さんがそう言っていた」
 へぇえ、ふぅん。案内役は長床几に片脚を上げ、口を歪めて千枚漬けを噛んだ。へぇえ、アクマねえ、なんや分からんけどそういうことにしときまひょか。
「だから、俺が殺してやろうと思った」殺し屋は太平楽を並べた。「木の上で幾日も張っていたら、ある日、そいつがのこのこやってきた。俺は槍を投げつけた。当たったよ。首筋を貫いた。それでも、すぐには死ななかった。俺は木から下りて、狼が俺を見上げながら死んでいくのを見ていた」
「ほんで?」殺し屋が差し出した猪口を、案内役は酒で満たしてやった。「ほんでどうならはりました?」
「それだけさ」
「いやいや、それだけって……」思わず徳利をかざして酒をすすめてしまった。「ささ、先生、ぐっと空けてもう一杯いきまひょ」
「その夜、夢を見た」
「ほう」長床几から身を乗り出す。「どんな夢ですか?」
「黒装束の異人が出てくる夢だ」酒を受けながら、殺し屋がつづけた。「そいつが言った。『おまえは俺を殺した』俺はすぐにそいつがあの狼の正体だと分かった。分かるかい、俺の言ってること? 『だから祝福してやろう』悪魔はそう言った。『おまえはこれからも命を奪いつづけ、けっして死ぬことはない』それから南蛮の言葉で歌うように呪文を唱えた。だから、俺は今こうしておまえとここにいる」
「んな阿呆な」もし呪いというものがあるなら、こんなやつに酒などすすめた自分を呪いたかった。「先生、そんなん信じてはりますの?」
「ただの夢さ」殺し屋は悠々と酒をすすった。「だけど、まるで本当にあったことのような気がしてしまう夢ってあるだろ?」
 なんやねん、こいつ。案内役は天を仰いだ。大損をした気分だった。ホンマ、勘弁してんか。
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<初出:「小説 野性時代」2017年12月号~2018年4月号>

<このコンテンツは、「小説 野性時代」2017年12月号から2018年9月号まで掲載された連載の前半部分を、単行本化を記念して18年11月末まで、期間限定で毎週更新するものです。単行本『夜汐』の発売は11月下旬を予定しております。また、本コンテンツは19年1月末まで掲載の予定です。>

書籍

「小説 野性時代 第172号 2018年3月号」

小説野性時代編集部

定価 860円(本体796円+税)

発売日:2018年02月09日

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    書籍

    『夜汐』

    東山 彰良

    定価 1728円(本体1600円+税)

    発売日:2018年11月28日

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