自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす26歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第43回】心に新しい空気
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2018年9月12日(水)

「かわいそう」と言われて、いい気持ちになる人は、あまりいないのではないだろうか。かわいそうは、同情にあたる言葉だからである。
 かわいそうに思う気持ちはやさしい。でも、それを直接相手に言ってはいけない場合があるのだと思う。
 障害を抱えているせいか、僕も何度か他の人から「かわいそうに」と言われたことがあった。そう言ってくれた人たちは、温かく、親切な人たちだ。決して悪気があったわけではないことは、僕もわかっている。
 だが「かわいそう」と言われると、僕自身は、そんなことはないと思ってしまう。
 僕の人生にも、いろいろな課題はあるけれど、それは自分の人生を豊かにするために僕が向き合わなければならない学びであり、生涯をかけて取り組むに値する価値のあるものだ。
 何の苦労も悩みもなく生きている人など存在しないだろう。みんなそれぞれに大変さを抱えて生活しているのが普通である。
 僕を思って言ってくれる「かわいそう」という言葉、その言葉に反発して、こんなことを考える自分は哀しい人間か、そこでまた悩んでしまう。
「かわいそう」と言われたことのある人は、意外と少ないのではないだろうか。
 人生は長い。これからもっと、僕はかわいそうな目にあうのかもしれない。
 自分で自分をかわいそうだと思いたくないのは、僕の自尊心だと思う。
 記憶の中の僕は、いつも真っ直ぐに困難に立ち向かう勇士であって欲しいのだ。

2018年9月15日(土)

 小学生の時習ったかけ算は、とても覚えやすかった。式も答えも決まったパターンで覚えればいいからだと思う。
 僕が一番気に入っていたのは、2×7=14である。
 2の段は、九九の中で最も簡単だ。
 2×1=2、2×2=4、2×3=6、2×4=8、2×5=10、2×6=12、2×7=14、2×8=16、2×9=18で終わり。
 2×7=14の所になると、僕の発声のリズムは微妙に変わる。
 どの式にもリズムがあるのかもしれないが、2×7=14には、特別な響きを感じる。少し言いづらいが、音がかわいい。
 九九は、何度も口に出して唱えなければ覚えられない。ただの数字の並びだと思っている人もいるが、それぞれの九九には違いがあり、個性を感じる。
 僕は、どんなに九九が得意になっても、2×7=14だけは、少し丁寧に発音している。そうすると、その後の九九も上手に言えるのだ。
 2×6=12までは、ウォーミングアップ、いよいよこの先が九九の本番、9×9=81まで一気に声高に暗唱する。
 九九を唱えていると、楽しい気分になる。僕の耳には、九九が算数というより、念仏に聞こえることがあった。一所懸命に唱えていると、必ず幸せになれる。そんな気分に浸れたのだ。
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2018年9月16日(日)

 僕は、自分の部屋に時計を置かない。時計がなくても寝坊することは滅多にない。毎朝6時前には目が覚め、別の部屋に置いているデジタルの置き時計を取りに行き、もう一度布団に潜り込む。それから、6時ちょうどになると布団から出て顔を洗う。
 昼間自分の部屋にひとりでいることが少ないせいか、部屋に時計がなくても、あまり不便は感じない。
 時計がないことの利点もある。それは、まさに時間がわからないことだ。
 僕は時間が気になり過ぎて困っている。だから時計がない部屋は、僕にとって居心地がいい空間なのだ。
 リラックスしたい時には、時計のない部屋に行くが、完全に時間から逃げられるわけではない。
 ぼんやりしている僕の頭に浮かぶのは、時間に関する疑問。
 確実に存在しているのは、いつも今だけだ。そして、この瞬間は、次々と過去になっていく。未来だと思っているものさえ、やがて過去になる。どのくらい自分が時間を積み重ねたのか、すべて記憶の中にしか残らない。寿命がつきると、僕という人間はいなくなる。
 その時、僕が生きた時間はどうなるのであろう。過去と呼ばれる時間の中に、閉じ込められるのか。
 生きている実感が、記憶の中にしかないなら、人の死は、何を意味するのだろう。
 僕が時間から解放されることはない。それでも、時計から離れている間、僕の「今」は、少しだけ広がるような気になるのだ。

書籍

『跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること』

東田 直樹

定価 648円(本体600円+税)

発売日:2018年06月15日

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    書籍

    『ありがとうは僕の耳にこだまする』

    東田 直樹

    定価 648円(本体600円+税)

    発売日:2018年03月24日

    ネット書店で購入する