自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす26歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第41回】東田直樹の絆創膏日記「まん丸の砂だんご」
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2018年8月29日(水)

 夏の散歩は大変である。
 今日は、曇っているから大丈夫だろうと思っていたら、汗びっしょりになった。
 タオルで頭や体を拭くが、きりがない。
 水を飲み「ああ、暑い、暑い」と愚痴をこぼしながら、とにかく歩く。なぜなら、歩くことが目的だからである。
 日陰に入ると心持ち涼しい。
 大きな木の下で、ひと息つく。ジージーと鳴くセミの声が遠くから聞こえる。すうっと風が流れたとたん、気持ち良くなる。「よし、あと少しだ」と元気が出る。
 僕の散歩は、ぶらぶら近所を歩くだけだが気分転換になる。
 新しい店が出来ていたり、季節の移り変わりと共に自然が変化していたり、小さな発見の連続が、僕の想像力を刺激する。
 通りすがりの人がいて、鳥が飛んで、犬がほえる。
 クモの巣の真ん中のクモは、さっきからちっとも動かない。
 こんなありふれた風景の中に自分がいる幸せを、改めて僕は噛みしめる。
 額から流れた汗の滴が、地面に落ちた。
 歩け、歩け、さあ、歩け。
 今日という日を思い出に残すには、僕はまだ若過ぎる。明日につながる日は、もう二度と来ないのだから。

2018年8月31日(金)

 夏休みも終わりである。学校に行きたくないと思っている子どももいるのではないだろうか。
 自分の時はどうだったのか思い返してみるが、よく覚えていない。9月になると学校に行かなければいけない、それは、変えられない決まりごとだと思っていた。
 久しぶりの学校で僕がまずやることは、校内の探索である、正しくは確認だ。夏休み前と比べて変わった所がないか、自分が知っている教室を見まわらなければならない。僕が記憶している場所に、その教室があるかを、自分の目で見なければ気がすまないからだ。
 ランドセルを急いで机の上に置くと、僕は小走りに教室を出ていく。最初にトイレ、次に中庭を見て、音楽室、図書室、職員室と覗いて回る。
 ひと通り見れば安心する。今日からまた、学校という場所での僕の時間がスタートするのだ。
 教室に戻ると、少し照れ臭そうに再会を喜んでいるクラスメイトがいた。
「直ちゃん、おはよう」と言われ、友達の名札を見つめる僕。名字に見覚えがある。一緒のクラスなんだなと思っていると、「おはよう」他の友達がやって来た。振り向いて僕が名札を見ようとすると、もういない。「おはよう」どこからか違う声。気がつけば、誰が誰に言っているのかわからない「おはよう」が、いたるところで繰り返されている。何が何だかわからない。
 チャイムが鳴ると、みんなが一斉に席に着く。
「座って」と促され、僕も自分の席に座る。全員が着席した後、先生のお話が始まった。
 ひとりひとりの居場所が決まると、僕は嬉しくなって来る。誰も立ち歩かない。まるで、椅子と人との型はめパズルが完成したかのようだ。そう思うや否や、興奮して手を叩き、跳びはねる僕。
 2学期の初日から先生に叱られた。
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2018年9月1日(土)

 僕は高校時代から、NHKラジオの基礎講座や英会話講座を聞いている。毎月CDやテキストを購入し、平日の夜9時頃にリビングのテーブルで聞くのが習慣である。英会話は英語の勉強のために聞くという人がほとんどだと思うが、僕の場合は、趣味のひとつのようなものになっている。
 聞こえて来る英語の音が心地いい。僕にとって、気持ちを落ち着かせてくれる効果がある。時には、日本語よりも英語の方がしっくり来る。あいまいさがないストレートな表現に心惹かれるのだ。
 僕の書く作品そのものは、明瞭とは言えない文章も多いと思う。だからこそ、合理的で明確な言葉づかいの英語の表現に憧れるのだろう。違う国の言葉を、僕は十分理解できてはいない。理解できないから、わかる範囲でよしとする。言葉をたくさん知らなくても、ニュアンスでわかることもある。
 文章を書く際には、どんな風に自分の思いを伝えればいいのか、言葉を並べ替え組み立てる。使わなかった言葉も僕の頭の中に散らばり、ごった返している状態だ。
 英語を聞くことで、そんな思考が、一度リセットされる。
 またすぐに、あふれ返った日本語の言葉の山に埋もれてしまうが、ほんのひと時、日本語を忘れることで脳は、すっきりする。
 英会話を聞いている間、リラックスしているのだ。
 この時間は、ラジオに任せておけばいいという感じで、疲れた脳はいったん休憩。休息がすんだら、再起動を始めるのである。

書籍

『跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること』

東田 直樹

定価 648円(本体600円+税)

発売日:2018年06月15日

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    書籍

    『ありがとうは僕の耳にこだまする』

    東田 直樹

    定価 648円(本体600円+税)

    発売日:2018年03月24日

    ネット書店で購入する