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>>連載第3回「壬生浪士組・誕生」
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 会津侯の御沙汰に従って芹沢が同志募集をかけたので、壬生浪士はまたたく間にふくれあがった。
 もとより入隊資格は尽忠報国のこころざしのみ、身分や年齢による制限もなければ剣の腕も問われなかったため、食い詰めた浪人風情、やくざ者、百姓、町人などがこぞって壬生の屯所へ集まってきた。
 隊士が増えたことで会津侯には申し訳が立ったが、なにかと不都合も出てきた。とりあえずは、当座の金である。もう春だというのにいまだ冬装束の隊士を見るに見かねて、ある日、芹沢が漢気を見せた。揃いの夏物を仕立てようと思い立ったのである。
 そこで七人ほどを引き連れて大坂おおさかへ赴き、両替商鴻池こうのいけ家にねじこんで脅しつけ、二百両ほど都合してきた。ほとんど強請ゆすりたかりだが、芹沢はさっそく呉服屋を呼びつけて夏物を仕立てさせたので、隊士たちからやんややんやの喝采を浴びた。馬子にも衣装とはよく言ったもので、浅葱あさぎ地の袖にだんだら模様の羽織を着ると、蓮八のようなやくざ者でさえ憂国の士に見えるから不思議だった。
 人が増えるともめ事も増えるが、これには近藤が一にも切腹、二にも切腹の局中法度なるものを定め、違反者を厳罰に処した。はじめのうちこそ、乱暴無頼の隊士たちは局中法度を話半分くらいにしか聞いていなかったが、近藤、土方ひじかたらの一党が厄介者をふたりほど立てつづけに葬り去ると、誰も迂闊なことをしなくなった。
 処断されたのは殿内とのうち某と家里いえさと某という者で、殿内は四条しじょう大橋で斬り殺され、家里は切腹を命ぜられた。殿内の斬殺のちょうどひと月後の切腹だったので、これからは月にひとりずつ見せしめとして殺されるという根も葉もない流言が飛び交った。
「誰が殿内を斬ったんだい? あんただって言ってる奴がけっこういるんだが」
 壬生浪士組に身を寄せてはやひと月、蓮八と沖田はかなり打ち解けていた。それでも蓮八のこの愚直な問いに対して沖田はただニコニコするばかりで、なにも答えてはくれなかった。
 蓮八は辛抱強く待ったが、屯所の表門から近所の子供らに呼ばれると、沖田はうれしそうに返事をして駆けていってしまった。すぐに壬生寺の境内では沖田が鬼になっての鬼ごっこがはじまり、昼下がりの青空に子供たちの笑い声が広がっていくのだった。
 そして、果たせるかな、江戸に戻った清河八郎が殺された。麻布あざぶの一の橋で襲われたのである。背をバッサリ斬られ、おまけに首まで落とされてどこかへ持ち去られてしまったということだった。
 この報せを蓮八にもたらしたのは、沖田であった。そのとき蓮八は、壬生寺の鐘楼に腰かけて暮れゆく空をぼんやり眺めていた。境内にはもう参拝客はいなかったが、香炉からはまだうっすらと煙が立ちのぼっていた。退屈顔の沖田は、子供たちでもからかってやろうというのか、きょろきょろと辺りを見回しながら寺に入ってきた。で、子供たちのかわりに蓮八を見つけてしまったという塩梅あんばいであった。
「言ってしまうがね、僕たちは清河さんを斬る手はずだったんだ」
 ゴクリと固唾を呑む蓮八。
「芹沢さんなんかもう鯉口を切ってたんだ」沖田は淡々と言葉を継いだ。「四条通りの堀川でのことさ。清河さんは山岡やまおかさんといっしょだった。ほら、清河さんと一緒に浪士組をつくった山岡鉄太郎てつたろうさんだよ。月のない夜だった。僕は近藤さんたちと仏光寺ぶつこうじ通りで待ち伏せていたんだけど、清河さんたちはこっちに来なかった」
「芹沢さんのほうへ行ったわけだな。けどよ、誰の指図で?」
 そんなことは言わなくても分かるだろう、いう感じで沖田が鼻を鳴らす。
 御老中様か……と、蓮八はあたりをつけた。老中板倉周防守いたくらすおうのかみ。清河八郎にいいように出し抜かれて、切歯扼腕やくわんしているというもっぱらの噂であった。そもそも清河は将軍様警護の名目で御老中様を説き伏せ、あのろくでもない浪士募集案に対して首を縦にふらせたのだ。それが京へ着くなり掌を返し、幕府に弓を引くような暴挙に出た。忠厚の御老中様にしてみれば顔に泥を塗られただけでなく、唾を吐かれて後ろ肢で砂までかけられたようなものである。江戸で清河が斬られたのも十中八九、板倉の差し金だろう。
「芹沢さんはどうして清河を斬らなかったんだ?」蓮八は尋ねた。
 沖田は、うん、と頷き、「斬ろうとしたとき、山岡さんの懐に御朱印が見えたそうなんだ」
「御朱印って、大樹たいじゅ公から賜った?」
「どこでも好きなところで兵を募っていいというお許しさ。さすがに御朱印を持ってる人は斬れないよ」
「そりゃそうだ。将軍様に刃向うようなもんだもんな」
「蓮八はさ、人を斬ったことあるの?」沖田は、しかし、相手の返事を待つほど悠長な性質たちではない。「誰にも言うなよ。僕はまだないんだ」
 正味の話、蓮八も人を斬ったことなどない。しかし、それを明かすのは渡世人としての面子もあることだし、すこしでも自分を大きく見せかけたいという下心も働き、ここはひとつ兄貴風を吹かせてみようという気になった。まあ、あれはあんまり気持ちのいいもんじゃねェぞ、などと愁いを帯びた調子で吹聴した。今でも野郎の目が忘れられねェんだ。
「いいなあ、蓮八は!」
 へ? 思案外のことに、声が裏返った。
「あぁあ、清河さんが僕たちのほうに来てたらなあ!」沖田が心底うらやましそうに言った。「そしたら御朱印なんか見なかったことにして、僕が仕留めてたかもしれないのに」
 それから訊かれもしないのに、去年の秋口に惨殺された猿の文吉の話を勝手に始めるのだった。
 ましら文吉ぶんきちは安政の大獄(一八五八年に幕府が行った尊王攘夷派の志士たちへの弾圧。志士たちは大老井伊直弼らが勅許を得ないまま締結した日米修好通商条約などに反発していた)のとき、幕府の手先となって多くの志士を摘発して処罰した。蓮八ですらその名を知っているあの吉田松陰などもこのとき斬罪を受けている。そのため志士たちの強い恨みを買い、文吉を殺るなら是非とも拙者が、と天誅志願者が相次いだため、とうとう籤引きをせねばならないほどだった。
「それで運よく当たりを引いたのが、岡田以蔵おかだいぞうたち三人だったんだ」
「以蔵って……あの人斬りの?」
「人斬り以蔵がこの猿の文吉をどうしたかというとね」獲物を自慢する猫のように目を輝かせながら、沖田はつづけた。「裸にして杭に縛りつけて、『こんなやつを斬ったら刀が穢れる』とか言って、まず紐でぎゅうぎゅう絞め殺したんだ。それから竹竿を肛門にねじこんで、頭まで串刺しにしちゃったんだって! わかる? よっぽど恨まれてたんだねえ」
 蓮八は顔をしかめた。いっかなやくざでも、そこまでむごたらしいことはしない。
「急所の先っちょには釘まで打たれてたらしいよ」沖田はひと息つき、問題は、と口調を改めた。「僕らの敵はそういうことを平気でやる奴等なのに、僕はまだ人も斬ったことがないってことさ」
 ちくしょうめ。背筋がゾクリとした。こいつら国家大事にかこつけて、ただ人が斬りたいだけなんじゃねェのか?
「どうした、蓮八? 顔色が悪いよ」
「いや、なんでもねェ」
 どうにか取り繕ったが、見つめてくる沖田の無邪気な眼差しを支えきれなかった。
 やくざ者にもこいつみたいなのがいる。やたらと人を斬りたがるイカレた野郎が。そういう手合いはまず長生きできない。用済みになればあっさり切り捨てられて、あとはお笑い種ぐさになるだけだ。
 昔、祐天一家にデッチの三二さんじというのがいた。おつむの弱かった三二は、餓鬼のころから継父にぶん殴られて育った。ただひとりやさしくしてくれたのは四つ離れた妹だけだったが、その妹も十二の年に継父ままちちに孕まされ、おまけに三二には到底理解できない理由で死んでしまった。三二は馬鹿なりに悲しみ、怒り、あんな継父の顔など二度と見たくないと家を飛び出した。で、甲州の町角で物乞いをしているときに、祐天仙之助に拾われたのだった。
 馬鹿の三二はすぐに、人を刺せば親分がよろこぶことに気づいた。祐天をよろこばせるために、出入りのときはいつも率先して人をえぐったし、あれは親分の敵だとささやかれただけで匕首あいくちを抜いて飛びかかっていった。三二にしてみれば人殺しは簡単で、人に褒められることがうれしく、親分に愛想を尽かされるのが一番恐ろしかった。こいつはまるで人殺しの丁稚でっち奉公みたいだなと誰かが言い、それがそのまま三二のふたつ名になった。
 しかし、そのうち、どうにも使いようがなくなった。三、二ときて一がねェ、三二の頭は一本足りねェのよ。祐天がいくらそうぼやいても、三二は前歯のない口を大きく開けてあはあは笑うばかりだった。持て余した祐天は、とうとう因縁のある一家との手打ちの際に、死人の帳尻合わせに三二を差し出すことにした。
 めったやたらと突きまくられ、腹を裂かれた三二は、それでも青いはらわたを両手いっぱいに抱えて祐天仙之助のところまで歩いて帰ってきた。家内に戦慄が走った。虫の息の三二が言った。親分、こんなもんが腹に入ってやしたぜ。まるでなにかいいもの、誰もが羨むもの、ご利益があるものを届けに来たとでもいうように、デッチの三二は血まみれの口を大きく開けてあはあは笑った。
 壬生に集まった浪士たちは勿論、三二とはちがう。頭はまともだし、志だってある。それでも蓮八には、彼らの有り様がデッチの三二と重なることがあった。そこらじゅう三二だらけ、という気分になるときもある。実際、浪士たちは三二で、将軍様にてめえのはらわたを見せたくてたまらないのだ。沖田にしろ、近藤にしろ、芹沢にしろ。
 住職が鐘楼にのぼってきたのを潮に沖田は腰を上げ、蓮八もつづいて寺をあとにした。
 やがて耳に届く鐘の音はやけに物悲しく、深く、まるで死にゆく者にかける慰めの言葉のようだった。
(第5回へ)
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<初出:「小説 野性時代」2017年12月号~2018年4月号>

<このコンテンツは、「小説 野性時代」2017年12月号から2018年9月号まで掲載された連載の前半部分を、単行本化を記念して18年11月末まで、期間限定で毎週更新するものです。単行本『夜汐』の発売は11月下旬を予定しております。また、本コンテンツは19年1月末まで掲載の予定です。>

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定価 860円(本体796円+税)

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