自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす25歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第33回】東田直樹の絆創膏日記「失敗談は誰のもの」
画像

2018年6月28日(木)

 小学校の音楽教室には、教室の後ろに大きな木製の戸棚が置かれていた。不思議なことに中央の戸棚だけは空っぽで、何も入っていなかったのである。
 低学年の頃、音楽教室に移動した際、僕は、よくそこに入り込んでいた。体がすっぽり入るくらいの空間。戸棚に入って引き戸を閉めると、昼間でも中は真っ暗になる。少し怖くても、なぜか安心した。僕が戸棚に引きこもる時間は、長くても1分くらいだったと思う。
 戸棚から出て来る僕を見て、最初は目をまん丸にして驚いていたみんなも、そのうち笑うくらいで誰も気にしなくなった。すぐに僕が出て来ることがわかったからだろう。
 戸棚の中でじっとしていると、自分がみんなとは別の世界にいるような感覚になって来る。ここが僕の居場所なのだという気分にさえなる。
 みんなの歌声が聞こえて来たら、はっと我に返り、扉を開けて、こそこそと自分の席に戻る。
 あのスペースは、タイムトラベル出来る場所だったのだ。
 僕は戸棚の中で膝を抱え丸くなり、出来る限り体を小さくした。真っ暗で狭苦しい空間、息を止める僕。異次元に繋がる出口が、ここにはあるのだ。目をつむった瞬間、僕の体は四次元の世界に飛んで行く。自分の存在そのものが消えてしまう。
 それは、まばたきするくらいの時間だったのかもしれないが、遠くに旅行をした後みたいに体は筋肉痛になった。けれど心は満たされるのだ。
 戸棚の扉を開けると四次元への旅は終わり、三次元の世界が目の前に広がる。
 その時の気持ちは、嬉しさ半分、寂しさ半分といった感じだ。
 このまま、三次元の世界にとどまるべきか否か、ひとり思案する。
 自分の気持ちを確かめるために、僕はもう一度、戸棚の中に入り込むだろう。

2018年6月29日(金)

 僕の著作が、ある大学の入試問題に出題された。
 僕も問題を読んでみたが、どう答えればいいのか、迷ってしまう問いもあった。
 入試では、作者が読者に何を伝えようとしているのか、その理解度を確かめる問題が多い。文章に込めた作者の思いを読み取る。そして、それに対する自分の意見をしっかり書くことが重要なのであろう。
 作家の世界観は、文章の一部を抜き取って解釈しようとしても難しいものがあるような気がする。短い作品にも、一言一句に作家の魂が込められているからだ。最初から最後まで読まなければ、わからない視点もある。
 出題されている文章が掲載された本を読んだことがあるなら、かなり有利になるだろう。作者がどんな人物かまで把握できているのであれば、問題の意図も想像し易い。
 一冊の本の中には、その本の中で伝えようとしている作者の思いが、いたるところに表現されている。出題された文章だけでなく、本全体の印象からも参考になる解答のヒントは見つけられる。
 入試で初めて、出題された文章を読む。その場合「おもしろい」とか「この続きは、どうなるのだろう」などと考える余裕はないと思う。問題の文章を読み解き、いい点数を取ることが一番の目標になるに違いない。
 正解を探している間、心にあるのは、採点する人が、自分の答えをどう評価するかである。
 高い点数がつけられる解答とは、どのようなものなのだろう。
 僕には知るすべもないが、文章を目にしてくれたことで、僕の本を読んでみようと思ってくれる受験生がいれば、作者としては有難い。
画像

2018年6月30日(土)

 人は、時間に縛られているせいで、自分を苦しめているような気がする。時間から解放される時があるのだとしたら、死んだあとだろう。
 生まれた瞬間から、人生最後の日まで、刻々とタイムリミットに向かって時間は過ぎていく。これは、誰も逃れることの出来ない決められた運命なのだ。
 元気な間は、命が永遠のものであるかのように、何も気づかぬ振りをして日々をやり過ごす。けれど、誰かが亡くなったり、死を身近に感じたりする出来事があれば、目をそむけていた死という未知の世界の入り口を、覗き見てしまう。
 ああ怖い、どうしよう。自分の番が来たら、どうなるの。為すすべもなく怯える。誰か助けて、どうか助けてお願いします。救われたい一心で、天に祈りを捧げる。それでも時間は止まらない。淡々と、とめどなく、この世の全てを押し流し、先へ先へとみんなをせかす。だめだ、ついていけない。息も絶え絶えになり、取り残されそうになる。ちょっと待って、置いていかないで。
 必死にくらいつき、追いつく。何事もなかったかのように周りに合わせ、元の毎日を取り戻していく。
 どれくらい生きたのだろう、過去にばかり気持ちが向くようになった頃、自分の前には、わずかな時間しか残されていないことに気づくのだ。
 ある日、信じられないような無数の光に包まれる。
 もう焦ることはない、心配はいらない、心が静まる。
 呼吸が止まった。
 そこにあるのは、「無」という名の「とこしえの幸福」に違いない。

書籍

『跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること』

東田 直樹

定価 648円(本体600円+税)

発売日:2018年06月15日

ネット書店で購入する

    書籍

    『ありがとうは僕の耳にこだまする』

    東田 直樹

    定価 648円(本体600円+税)

    発売日:2018年03月24日

    ネット書店で購入する