自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす25歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第27回】「今日でなくても構わない」
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2018年5月17日(木)

 自分の思いが相手に伝わらないと悩む人は多い。
 わかってもらえないという心理の裏には、わかってもらえて当然だという考えがあるような気がする。僕自身は、気持ちは伝わらないのが普通だと思っている。
 期待するから失望する。
 人に期待してはいけないと言いたいわけではない。期待してもいいが、自分の予想していた通りにならないからといって、恨んだり、悲しんだりしてはいけないのだと思う。
 期待とは、自分勝手な想像だ。その人の頭の中で描いたストーリーであって、現実とは別の世界の話なのである。
「望みつつ待つ」という状態は、希望につながる。だから、期待通りにならないとがっかりする。
 人の心は、自分の心以上に理解不能なものである。心というものは、些細なきっかけでぐらつく。ぐらつくだけではなく、全く別の方向を向くことさえある。
 自分の言動が人の気持ちを左右することもあるかもしれないが、実際のところ、どのように影響を与えたのかは、誰にもわからないのだ。
 心は壊れやすいガラスに似ている。
 存在するのに誰にも見えない。けれど、傷だけはついていく。そして、その傷は、一度ついたら取れることはない。
 だからといって、思いが相手に伝わらないから、おしまいだとは限らないのだ。伝わらなくても、よい結果に結び付くことだってある。
 人の心は思い通りにならないことがわかれば、必要以上に自分の心が傷つくこともないだろう。

2018年5月18日(金)

 失言が問題になることが、しばしばある。それは、有名人に限ったことではない。
 誰が、いつ、どんなことを言ったのか、前後の状況も含め、正確に記憶している人は、ほとんどいないのではないだろうか。言葉が次から次に消費されるものだからだ。
 それでも、何を言ったのか、あっという間に日本全国に広まることがある。
 情報が人をつぶすのだ。
 人の噂が恐ろしいのは誰もが知っていることで、新聞やテレビがなかった時代から、口から口へ情報は伝わり、反乱や革命が起きて来た。
 言葉は時に、想像を超える力を持つ。
 発言した人の意図とは違う意味に解釈され、波紋を広げ、人々は合い言葉のように、その言葉を口にする。最終的には、言葉が人々の反感まで吸収し、確固たる地位を築いてしまうのだ。そうなると、言葉に込めた思いなど、他の人には関係ない。次第に失言した理由ではなく、そんなことを言ったのは誰なのかに注目が集まる。まさに、犯人探しだ。
 言葉というものが一人歩きを始める時、最初に言葉が拡散され、人の名前が後からついて来ることがある。
 失言をしない人はいない。そのくせ失言には厳しいのが世間なのだ。
 人は言葉を自由に使えるからこそ、言葉に縛られる。
 制限のない自由は、この世界に存在しない。
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2018年5月19日(土)

 木が風に揺れる時、僕の心も揺れ動く。
 わくわくする気分とは少し違う。見ているものに同化するような感覚なのだ。
 風にあおられ木の枝が右に左に上に下に動く様子は、まるで動物のように見える。
 風が吹くたび、ぐにょぐにょ、ぐにぐに、枝がしなる。こんなにも枝は柔らかかったのかと、僕は驚きを隠せない。目を大きく見開き、木を凝視する。
 植物は、人みたいに移動することが出来ない。風や動物によって運ばれた場所で生きるしかないのである。
 運命を天にゆだね、その日、その日を丁寧に生きる。
 地面に根を張り、虫や鳥を誘い、人の目を楽しませてくれる植物。陽の光と雨の恵みに支えられ、決められた場所で精一杯生きる姿は、りりしくたくましい。
 風が吹いても逆らわない。
 流れに身を任せることこそが、一番いい選択だと知っているかのように、枝は揺れ続ける。
 隣同士の枝でも、別々の動きをする。
 同じ風でも、どのような動きをするかは、それぞれの枝が決めることだからだ。
 折れなければいいのである。
 ばらばらに動くことが、命を永らえる行為に繋がっている。

書籍

『ありがとうは僕の耳にこだまする』

東田 直樹

定価 648円(本体600円+税)

発売日:2018年03月24日

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