自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす25歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第23回】東田直樹の絆創膏日記「子どもだって嘘をつく」
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2018年4月18日(水)

 自分が出演したテレビ番組を見るまで、僕自身は自閉症である自分の言動が、
どれほど普通の人と違うのかということに、気づいていなかった。
 僕がテレビのドキュメンタリー番組で最初に取り上げられたのは、13歳の時である。
「ほら、直樹だよ」と家族に教えられて初めて、僕はテレビに登場した少年が
自分だと知った。びっくりしたという言葉では言い表せないほど驚いた。
 両親も一緒に映っているのだから、これは僕なのだ。いつも鏡で見ている自分とは違って見えるのが不思議だった。それにもまして衝撃だったのは、言動の可笑しさだ。意味不明の言葉を発し、動き回る。やっている仕草が、2~3歳の幼児と同じなのである。自分がしているにもかかわらず、自分の言動を奇妙に感じた。
「どうしてあんなことをするのだろう」僕はテレビ番組を物珍しげに見続けた。他の人から、なぜ障害児だと言われるのか、自分でもようやくわかった瞬間だった。
 僕はしばらく、ふさぎ込んだ。将来が真っ暗に感じた。現実を受け止めるには、僕は子供過ぎたのだ。自分は人の目にこんな風に映っていたのだと思うと、悲しくて仕方なかった。
 今となれば、全てが思い出だ。
 それからも何度かテレビに出演した。テレビの中の僕は相変わらずだが、テレビを見る僕は変わった。落ち込むことがなくなったのだ。少しずつ自分のことを受け止められるようになったのだと思う。
 いいじゃないか、みっともなくても、これが僕なのだ。そう考えられるようになった今、僕も笑顔で番組を見ている。

2018年4月20日(金)

 自分自身を責めることはないだろうか。
 失敗して反省したり、涙ぐんだり、どうしようもないことだったと、あきらめようとしても、次から次に後悔せずにはいられない。それで、問題が解決するわけではないのに、他に方法が見つからない。自分を責めるなんて、悲しいことである。
 能力が足りなかったのだ、僕はだめな人間だと悶々と悩む。これ以上ないところまで落ち込んだあとは、もがきながら少しずつ浮上する。揺れ動く心が沈没しないよう顔を上げる。明かりを求め、前を向く。
 もう少し何とかなったのかもしれないと思うのは、僕の希望的観測だったのだろうか。自分で出来ることは、思いの外、限られていたのではないか。そんな風に自分を慰めてみる。
 後悔しないように毎日を送ればいいと言う人もいる。けれど、それが難しいのである。後悔というのは、やってみて初めて感じる気持ちだからだ。
 反省すべき点はあっても、僕が自分を否定してはいけない。
 後悔を繰り返す自分は、どうしようもない奴だ。いや、違う。
 後悔というのは、自分を悪者にする考え方だ。みんなが僕を責めても、僕は僕の味方であり続けよう。
 後悔を恐れず、前に進め!
 僕は僕を励ます。自分で自分の背中を押す。
 後悔しないために、昨日の自分を責めないために、僕が僕であるために。
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2018年4月21日(土)

 風の強い日は、部屋の中にいても、ピューピュー音が聞こえる。恐らく隙間風だろう。
 窓の外を見ると、木々が揺れ、店先に置いてあるのぼり旗がひらひらとはためいている。風の強さを、僕は目でも確認した。
 事実として物事を把握できると安心する。「分かる」ことでほっとする。視・聴・嗅・味・触の五つの感覚、人は五感で外界の状態を認識するという。
 風が強いかどうかなんて、日常生活においては、それほど影響はない。でも分かることによって、今、自分がこの世界で生きていることを、僕は実感するのである。
 見たり、聞いたりすることだけではない。外に出れば、五感の全てで僕は風を受け止めているのだ。
 風の流れを知ったとたん、体中の細胞が活気づく。
 体と心はリンクするのか。自分の意思で行動をコントロールできない僕は、そんな疑問をいつも抱いている。
 風の強さを知るだけで、そわそわする。心以上に体が反応しているのかもしれない。
「君は何を望んでいるの?」
 心せく僕が体に問いかける。
 パンパンパンと手を叩き、僕の体がピョンピョン跳ねた。

書籍

『ありがとうは僕の耳にこだまする』

東田 直樹

定価 648円(本体600円+税)

発売日:2018年03月24日

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