『自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす25歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第10回】東田直樹の絆創膏日記「美しい未来を信じたい」
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2018年1月16日(火)

 地平線に近い空がオレンジ色や赤で染まる夕焼けを見られた日は、幸せな気分になる。生きていて良かったと素直に思う。
 夕焼けを見ただけで、そんな気分になれるのは、すごいことである。これは人間だけに備わった感性だ。
 僕は小さい頃、夕焼けは、昼と夜の線引きのために存在しているのだと思っていた。ここまでが昼で、ここからが夜、空に区切りがあれば、人間の目にもわかりやすいと考えたのである。きっと、夕焼けの美しさなど知らなかったのだろう。
 その頃の僕は、みんなとの違いに悩み、将来に希望も持てず、この世から消えてしまいたいと思っていた。毎日が苦痛でしかたなかった。
 誰にも気持ちをわかってもらえない。疲れ果てた僕は、将来について自分の頭で考えることはやめようとさえ思った。全てどうしようもないこと、それが僕の出した結論だった。
 心が動けば、すぐに興奮してしまう。注意されても、動物みたいに動いてしまう。みんなに迷惑をかけ困らせる。これではまるで、人間の姿をした獣だ。僕は泣いた、自分を持て余し、泣いて泣いて暴れた。
 そんな僕を、家族は見捨てなかった。生きていれば、いいことがあると教え続けてくれた。
「ほら、夕焼けだよ」
 ある日、母が空を指さした。僕は、母の人差し指を見る。
「嫌だなぁ、指じゃないよ、向こうの空を見て」
母が僕の頭を両手で包み、顔を西の空に向けた。
 僕の瞳に映ったのは、燃えるように輝くオレンジ色の空。信じられないほど美しい世界が、目の前に広がっていた。
 ああ……今日という日を生き抜いた者だけが目にすることを許される風景、僕の魂が震える。
 夕焼けをきれいだと感じられる。この事実は、人間としての僕を世界が受け入れてくれていると思うに十分な証拠となった。

2018年1月17日(水)

 手話ニュースを時々見ることがある。
 手話でコミュニケーションをとっている人たちは、頭の中で単語を並べながら、時に順序を変えたり、言葉を付け加えたりしながら、手の動きや表情で、相手に自分の思いや気持ちを伝えているのである。これはかなり高度なコミュニケーション能力に違いない。
 僕は特別支援学校に通っていた頃、マカトンサインというものを教えられた。実際の動作に似た簡単な手話のような手の動きで、「ちょうだい」「お願い」「終わり」「もっと」「美味しい」「トイレ」などの意思表示を行う方法である。僕は今でも時々、条件反射みたいに、マカトンサインのジェスチャーが出てしまうことがある。僕の場合は、話し言葉の代わりにマカトンサインが使えるようになったわけではなく、マカトンサインで使っていた単語を口にしたとたん、その音に反応して覚えたサインを手が再現しているだけである。生徒の中には、マカトンサインが有効な生徒もいただろう。合う人合わない人、個人差があって当たり前だ。
 手話を見ていて感じるのは、思いを受け取る側の心の余裕や言語能力の高さの重要性だ。いくら伝えようとしても、心の中にある言葉を相手に受け止めてもらえなければ会話は始まらない。
 思いをうまく伝えられない人にとって、自分が何を考えているのかを理解してもらうには、相手の想像力に頼らざるを得ない。コミュニケーションで大事なのは、話したいという気持ちを育てること、自分に合った言葉の表出方法を学ぶことだと思う。
 教える側の心構えや、生徒ひとりひとりに対する柔軟な対応こそ、学校の先生たちに求められている能力ではないだろうか。
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2018年1月19日(金)

 自分は間違っていないと強く断言する時、大抵人は間違っている。なぜなら、絶対に間違わないことなど有り得ないからである。自分以外の人も関与している際、間違っているかどうかは、ひとつの価値判断では、はかれないものだ。
「間違う」という状況は、それではだめだったという結果である。悪い結果に対し、自分で責任を負える人は少ない。そのために、間違っていないと強く主張し、責任は自分にないと言い訳したいのかもしれない。
 間違うことが気持ちの上で許せないのか、間違って責任を取ることが嫌なのか、人に批判されることが辛いのか、理由は何だろう。
 自分が間違っていないと言えるのは「信念があるから」「証拠があるから」と言う人もいるが、残念ながら、それらは間違っていないことの根拠にはならないような気がする。
 思いの強さであれば、自分の気持ちを語ればいいし、証拠ならデータを提示すればいいのである。客観的な評価は、他の人が判断すべきことであって、間違っていないと自分で結論づけることは、自分を擁護するための弁解の言葉としか聞こえない。誰の意見も聞きたくないという強い意志が伝わって来るだけである。それが目的なら成功していると思う。
 言葉には、二種類あるのではないだろうか。人のために使う言葉と、自分のために使う言葉である。自分は間違っていないという言葉は、まさに後者だ。
 自分を励まし力づける言葉は、心の中でつぶやいてこそ、威力を発揮する。人は間違うから、間違っていないと自分を鼓舞し、前に進みたいのだろう。

書籍

『自閉症のうた』

東田 直樹

定価 1404円(本体1300円+税)

発売日:2017年05月26日

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    書籍

    『あるがままに自閉症です』

    東田 直樹

    定価 605円(本体560円+税)

    発売日:2017年06月17日

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      書籍

      『自閉症の僕が跳びはねる理由』

      東田 直樹

      定価 756円(本体700円+税)

      発売日:2017年06月15日

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