官房長官の会見で次々に質問を繰り出す東京新聞社会部の望月衣塑子さん。角川新書より、望月さんによる『新聞記者』を刊行しました。本作の「はじめに」の試し読みを「カドブン」にて公開します。これを機に、ぜひ手に取ってみてください!
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はじめに

ジグソーパズルのように

 スマートフォンのショートメールをよく利用する。2017年6月を境に頻繁になった。
 といっても、だれかにメッセージを送っているわけではない。午前7時ごろに起床して新聞の朝刊の見出しにざっと目をとおす。朝食の準備をし、子どもたちにごはんを食べさせながら、テレビのニュースや情報番組を流す。
 朝の何気ないひとときに目に、耳に入ってくるキャッチーな見出しや字幕の文言を、忘れないよう、自分にメール送って保存する。
 午前11時から行われる菅義偉(すがよしひで)内閣官房長官の定例会見に臨むにあたっての準備の一環だ。
 官邸のスポークスマンの定例会見の様子を、自分の目と耳とで確認する意味合いも兼ねて、6月6日に初めて出席した。テレビや首相官邸ホームページなどで見たままなのか、どうなのか。
 官房長官の会見には、たいてい各社の政治部の記者が出席している。政治部は主に内閣や国会議員を取材し、国の政策や外交について発信する。一方、私が所属する社会部は、事件や疑惑を取材。政治家や検察など、権力と対峙する場面も多い。社会部の記者である私は、それまで一度も官房長官の会見に出席したことがなかった。
 とりあえずと思って行ったあの日、質問するつもりはなかったが、あっけなく終わってしまいそうな雰囲気に思わず手をあげた。
「東京新聞、望月です」
 質問する際には必ず媒体名と名前を名乗るルールにのっとって、文部科学省の前事務次官、前川喜平(まえかわきへい)さんに関する質問をいくつかした。途中で司会進行役の事務方の男性から、注意を受けた。
「質問は簡潔にお願いします」
 あとから自分でも確認してみたが、質問が長いし、我ながらしつこいと思う。同業の夫からも「質問はもっと短くするように」と電話でお小言をもらった。
 その後もいろいろな場面で注意を受けていることもあって、これは菅官房長官に質問をするときに参考になるかな、と感じたキャッチーな言葉を保存するようになった。日常のなかでの変化のひとつだ。
 自己紹介が遅れたが、私は東京新聞社会部の記者をしている。東京新聞は中日新聞グループの東京エリアのブロック紙で、グループ全体では東海エリアを中心に1都17県で発行している。衣塑子(いそこ)という少し変わった名前は、大正時代の詩人、萩原朔太郎(はぎわらさくたろう)にちなんでおり、「何かを作る人、ものを創造していく人になってほしい」という母の願いが込められている。
 入社してから各支局で事件、事件、事件、と事件取材に明け暮れた。育休をはさんで経済部に所属、2014年に解禁となった日本の武器輸出の現状を取材してきた。
 その後、ふたたび社会部となり、2017年の4月からは、森友・加計問題の取材チームの一員として、その背景を追いかけて、官邸会見で質問を続けている。
 いつものフィールドではない官房長官の会見に初めて出席した2日後。ふたたび会見に臨んだ私は、前回にも増して多く質問した。新聞記者になってから叩き込まれてきた、記者のマインドを押し出した。質問数は23、早いときは5分もかからない定例会見が37分間にも及んだ。
 新聞記者の仕事とは、ジグソーパズルを作るときのように、ひとつずつ真実を認めさせて、さらに裏を取っていくこと──そう教わってきた。
 事件取材で、最初から真実を聞けることなど、まずない。ぶつけた質問が否定されることを前提に、何度も何度も疑問を投げかける。
 駆け出しのときから、記者としての原点は変わらない。当初は場違いに思えた首相官邸でも、自分のスタイルを貫いた。

2つの記者会見から見えたこと

 安倍晋三首相の記者会見にも出席した。通常国会閉会に伴い、6月19日の夕方から首相官邸で行われた。
「望月さん、挙手してみなよ」
 フリーのジャーナリストの岩上安身(いわかみやすみ)さんはこう言いながら、直後にこうつけ加えた。
「でも、絶対に指名されないから。僕なんて5年くらい出席していて、いつも手を挙げているけど、一度も指名されたことがないからね」
 安倍首相はマスコミへの好き嫌いが、極端にはっきりしているという。記者会見で司会から指名されるのは、NHK、日本テレビ、TBS、フジテレビ、読売新聞、産経新聞といった限られた媒体の記者だけとも聞いた。
 なかには手を挙げていないのに指名されるNHKの記者もいるという。しかも、事前に質問が提出されているケースが多く、それに合わせて事務方が作成した回答を安倍首相が自分の言葉のように読みあげる。
 予定調和以外の何ものでもないと思う。そんな記者会見に意味があるのだろうか。実際、挙手した私が指名されることもなかった。
 ひるがえって、菅官房長官の定例会見は趣が違う。
「そのような指摘は当たりません」
「まったく問題ありません」
 いつしか(ちまた)で「菅話法」と呼ばれるようになったが、木で鼻をくくったような態度で定型句を淡々と繰り返し、一方的にコミュニケーションを断ってくる手法にいら立つことは少なくない。
 それでも質問しようと挙手をした記者はきちんと指名してくれる。媒体の選別もないし、事前に質問を渡すように言われたこともない。
 ただいつからか、広報官が「あと1問でお願いします」「あと1人でお願いします」と、明らかに質問を切ってくるようになった。答えは得られていないので、無視して手を上げ続けていると、おどろいたことに、内閣記者会の幹事社のある記者が、
「以上で終わります」
 と勝手に会見を打ち切ってしまった。なぜ同じ記者が……? 後述するが、記者クラブという制度の限界を感じ、さすがにその日は落ち込んだ。

当たり前のことをし続けるだけ

 だからといって官邸通いをやめるわけにも、質問をやめるわけにもいかない。
「いつまで続けるの?」
 友人や知人たちからこんな言葉をよくかけられる。
 7月には腹部に激しい痛みを覚える病気を患って数日ダウンしてしまった。ストレスが原因のひとつとされており、気づかないうちにプレッシャーを感じていたのかもしれない。
 そうした状況を見かねて、友人たちが心配してくれているのだと思う。それでも、政府や官邸につながるドアが菅官房長官の定例会見しかない以上は、1日につき1回、午前か午後のどちらかに出席するように心がけてきた。
 今の段階では、森友、加計問題をはじめ、政権や官邸に対する疑問が払しょくされたとは思えない。だれも聞かないのなら、私が聞くしかないとも思っている。
 社会派を気取っているわけでも、自分が置かれた状況に舞いあがっているわけでもない。おかしいと思えば、納得できるまで何があろうととことん食い下がる。新聞記者として、警察や権力者が隠したいと思うことを明るみに出すことをテーマとしてきた。そのためには情熱をもって何度も何度も質問をぶつける。そんな当たり前のことをしたいと思う。
 質問する様子がメディアでも取り上げられるようになり、雑誌やテレビなどのインタビューや講演の依頼を多くいただくようになった。東京新聞にも一般の方からたくさんの応援が届く。本当に励まされる一方で、バッシングや不審な電話、間接的な圧力などもある。
 ただ、正義のヒーローのように言われることも、反権力記者のレッテルを貼られるのも、実際の自分とは距離があると感じている。
 記者としては、新人時代から叩き込まれたことをしているだけだし、個人としては感情移入しやすい、声の大きいおっちょこちょいだ。
 少し恥ずかしいが、自分の生い立ちも含めて著す機会に恵まれた。新聞記者の仕事とは何なのか。先輩から、取材相手から何を教わってきたのか──記者の本質を知っていただくとともに、「望月っておもしろいやつだ」と親近感を持ってもらえたらうれしく思う。
 
 
(このつづきは、本編でお楽しみ下さい)
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